JAVADA情報マガジン6月号 キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】

2014年6月号

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「人生の危機、転機におけるカウンセリング―Aさんの事例から」

大正大学  廣川 進 氏 《プロフィール

いよいよこのコラムも今月で終わり。異動、転勤、入社等4月に新しい変化のあった方は3ヶ月くらいが適応の目安。7月を過ぎても、なかなか慣れない、どこか調子が出ない場合は、周囲に相談してみることをお勧めしたい。 

さて。キャリア相談にくるクライアントの中には転機・危機にある人がいる。辞めるべきか残るべきか、異動希望を出すべきか等の岐路に立ち、迷い、立ち尽くす人もいる。今月は、転機・危機について理論を整理し、事例を通して振り返ってみたい。人生の節目・変化はさまざまである。現代は急速な社会・生活の変化に伴い、転機にさらされる機会も増えている。

 

◯ブリッジズの「転機」

ブリッジズBriges(1980)は転機transitionのときに起こる変化を次のようにまとめた。

  • 関係の変化:離婚、子どもの自立、ペットの死
  • 家庭生活での変化:結婚、出産、家族の病気、家の新築
  • 個人的変化:自分の病気、大きな成功や失敗、入学や卒業
  • 仕事や経済上の変化:解雇、退職、転職、組織内での配置転換、収入の増加と減少、ロ ーン、昇進への絶望
  • 内的変化:精神的悟り、心理学的洞察、自己イメージや価値観の変化、新たな夢の発見や古い夢の破棄、「私は変わりつつある」という感じ

こうした変化は、後述する発達心理学の年齢で区切られた階段状のモデルに必ずしもあてはまらない。トランジション体験(being in transition)を経験した人々の分析を行った結果、転機には「終わり(endings)」、「ニュートラルゾーン(neutral zone)」、「始まり(making a beginning)」の3つのプロセスが起こるととらえた。このモデルの利点は、実際に転機にあるクライアントに示すと、シンプルで納得感が高く、心理的援助で有用であると思われることである。

ブリッジズやシュロスバーク(1989)から影響を受けたブラマー(1994)は転機の定義を「気づかぬうちにそれまでの人生と異なるいくつもの出来事が起きて、人生のある時期の鋭い断絶とそれに対する対処法が必要になる」とする。喪失感と悲哀感を伴い精神的に不安定になったり、うつ状態になることもある転機に対する対処法としては、

  • 「創造的な成長の好機」と受けとめる
  • 転機のイメージ、夢、感情を意識化する
  • それらの意味を内省する

等をあげている。

 

◯「階段メタファー」の限界

生涯発達研究においては、転機のとくに中年期の重要性はユングが40歳前後の期間を「人生の正午」としたことから始まるといっていいだろう。その後、ライフサイクルの観点からEriksonは、人間の成長を8つの段階に分けて、それぞれの時期の危機における課題を示した。しかしこの理論は主に幼児期の発達段階に重点がある。成人からの発達について個人史を詳しく聞き取り調査したLevinson(1978)は4つの発達期と過渡期があるとし、各時期の年齢の目安を設定した。30代後半から50歳ころまでを発達上の大きな転換期としてとらえ、「中年期危機」などの言葉も生まれてきた。

しかし、キャリア研究者の加藤(2004)はこうした「階段メタファー」は、社会と会社が安定的に成長し続けることを前提としているため、技術革新が進み、社会と組織の変化のスピードが早まり、目的も構造も変化することが常態化しつつある今日では、現実的ではなくなっていると指摘する。キャリア研究においてメタファーを当てはめてキャリアにパターンや法則を見出そうとしても限界がある。

岡本(1999)は、青年期、中年期の入り口、現役引退期にはみなアイデンティティの獲得、再獲得という共通テーマがあり、危機を契機とした自己の再吟味とアイデンティティの問い直しが繰り返されるという「ラセン式発達モデル」を示した。これは長い成人期において年齢を問わず発達の可能性を示唆する点で有効ではあるが、アイデンティティ安定期とされる成人前期と中年後期においても、社会・会社の急激な変化(年功序列から成果主義、終身雇用からリストラ等)の影響を受けて、皮肉なことにアイデンティティは大きく揺らいでいる現実がある。こと職業アイデンティティに関して、危機⇒模索⇒再確立を数年~10数年のスパンで繰り返すような時間的余裕が、なくなってきていると考えられる。

キャリア研究ではなく、実際に幅広い年齢層の転機にある人を支援していくキャリアカウンセリングの場面において、年齢で区切るとか、ある理論モデルを当てはめるというアプローチには限界がある。

 

◯アイデンティティとは変化し続けるプロセス

西平(1993)は、Erikson,E.Hの原書の言葉に戻り、アイデンティティの定義自体から、読み替える。アイデンティティを名詞でなく動詞として、統合された<もの>ではなく、統合してゆく<こと>として。アイデンティティの訳語「同一性」を「同一であること、一枚岩のように変わらないこと、固定していること」ではなく、あくまで「何かと何かのアイデンティティ」であり、その間にズレを持ち続けることととらえる。<アイデンティティとはパーソナリティ特性とか、なんらか静態的で不変なものの形をとった「成果」として「達成」されるのでは決してない> 「an old new identity」 つまりアイデンティティとは「プロセス」であり「運動」であって、古い自分を保持し一貫することと、より新しい自分へと再生してゆくこととのズレによって、またそのズレを産み出しながらバランを取っていこうとする運動として理解することが重要だとする。こうした西平の解釈のように、アイデンティティを形成期、危機、安定期などと時期に分けてモデルで捉えるよりも、つねに変化しつつある運動のプロセスそのものとして考えると、現在起きている社会の現実に対処していく拠り所となりやすいのではないか。

キャリアカウンセリングの現場では、研究者が持ち込んだ危機・転機のメタファーを個人に当てはめるのではなく、1人ひとりの個人が危機転機のプロセスを体験し、自分の言葉で語ることを通してアイデンティティの喪失から再生がなされていくと考えられる。 これは、言語を通じて現実を作り出していくという社会構成主義の考え方や、ライフストーリィ研究、ナラティヴ・セラピーにおける語りの研究が、キャリアカウンセリング研究においても有効であることを示す。

 

◯転機を語る意味

転機を語ることの意味については、杉浦(2004)が明らかにしている。危機に際して転機の物語を語ろうとするのは、そのことによって危機に意味を与えようとするためであり、意味を与えることによって危機を克服するためである。対話を通してこれまで自分を支配してきた思い込みの「ドミナント・ストーリー」から自分を切り離して考える「問題の外在化」が進み、新たに自分が生きやすくなる「オルタナティヴ・ストーリー」への書き換えが可能になる。語り直されたストーリーを生きることにより、異なった現実の中で変わった自己が生きることができるようになる。こうしたプロセスがキャリアカウンセリングの過程で相互作用として起こると、転機・危機にある人の支援として有効になると考えられるのである。

再就職支援会社で心理カウンセラーとして出会った事例をひとつ紹介する(本質を損なわない程度に設定を変えている、(廣川2006)。

 

◯事例 Aさん(男性51歳)

1)概要

家族は妻と2人の子どもがいる。国立大学を卒業し、外資系金融会社で年収は1千万円を超え、仕事も家族も安定していた。融資の方針をめぐりAさんと上司との間に軋轢が生じ、外国人の上司に告げ口され、いやがらせをうけた。その後、代わった年下の上司からも疎まれ、いたたまれず退職にいたった。キャリアアップの自発的転職経験は何度かあるが、半ば追い込まれた形の退職は今回が初めてで、精神的にもどう受け止めていいかわからない。対人関係の傷つき、自信喪失を抱えながら自己の来歴、コンプレックス(実家の職業、両親の不仲、学歴)が並行して語られるうちに、同時に河合隼雄や禅宗など生きる意味を考える読書と日記、それについての対話などのプロセスを経る。親友の突然死などもあり、より高いレベルからの生きる意味の再確認をした。転職活動も続けたが半年以上決まらず、精神的には不安定な時期もあったが、どうにか乗り越え、別の外資系金融会社に転職が決まり、前職以上の高い年収の会社に転職が決まった。

2)考察

  • 担当キャリア・コンサルタントと心理カウンセラーの信頼関係と分業態勢ができていた。この事例は担当のキャリア・コンサルタントからのリファー(紹介)であり、心理カウンセラーとの関係が良好であった。本人の了解を取りながら適宜、情報交換をして転職活動の進捗状況も確認しつつ、内面の問題を扱った
  • 仕事では年齢相応のキャリアを重ねてきた。転職の能力も高い。
  • 不本意な退職を余儀なくされ、転職活動中である。
  • 退職をきっかけに職業アイデンティティが揺らいだ。
  • 幼少期から親子関係の充足感のなさ、不適応感、報われなさを感じ、自己肯定感や達成感が低く、存在の不確かさはずっと続き、10代から神経症レベルで調子を崩していた時期もあったと考えられる。
  • しかしそれらの不全感を反動、バネにして学業、入試、就職、仕事とひたむきにがんばり、それなりの成果を上げ、家庭生活にも問題はなかった。
  • 仕事が順調にいっている間は、問題は表面化しなかったが、退職をきっかけに職業アイデンティティが揺らぎ、さらに仕事のみならず、親子関係や自己への問い直しが始まった。
  • 語りを通して幼少期を生き直し、自分のために物語を書き換えることが自分を取り戻すために有効だった。論理的で文章が好きなAさんは読書と日記を中心にしてその作業を行った。

3)カウンセリングでのアプローチのポイント

  • 本人のなじみのある手法を使う。Aさんは読書家で文章を書くのも好きである。次のステージでの生き方の手本、モデルとなるような本について話題にして本人の考えを日記エッセイのような形式で毎回書いてきてもらった。
  • ユングのいわゆる「思考機能」が主なる機能のAさんには、感情やイメージの大切さを伝えるに際しても、思考タイプの人が受け入れやすい権威とか理論の裏づけを示しながら行った。もともと関心があった河合隼雄やユングの中年危機のモデルを紹介し、これまであまり使ってこなかった自らの「感情機能」に意識を向けて統合していくことで、危機を乗り越えるという筋道を示したこと。職場の告げ口やいやがらせによって、職場でのコミュニケーションに自信を失い、何でこんな事態を招いたのか、疑心暗鬼になっていたが、MBTIの性格診断とあわせて「思考」が優先で「感情」を疎かにしてきたことが一因ではないかと説明づけたことで、事態について理屈での説明がつき、一応の納得がいった。改善ポイントも明らかになり、何をすればいいのかがわかった。
  • 内定がでない焦りと不安から調子を崩し、不眠・抑うつ状態がみられた時期には、メンタルクリニックの受診を進めた。内的なことも聞きつつ、現在の精神状態も測りつつ、転職後の職場のコミュニケーションに役立つような気づきも得られるようなバランスのとれた面接を心がけた。

 

◯転機のカウンセリングのポイント

転機のカウンセリングとは、キャリアとメンタルの両方を見極めつつのカウンセリングである。

  • 総合的なアセスメント:クライアントの現在の気がかりや問題状況の整理をし、カウンセリングで取り扱うテーマの優先順位をつける。転機の危険度、緊急度、深さ、自覚度などの確認。
  • カウンセリングのプロセス作り。とりあえずのゴールをどこに設定するかを本人と相談確認しつつ決める。
  • 短期で就職をゴール、数ヶ月かけて幼少期までさかのぼる、自己の内面を掘り下げる等
  • このクライアントに今、使える必然性あるツール・アプローチを適切に用いる。
    夢・箱庭、自分史年表・職務経歴書、転機・危機のモデル(中年危機モデル、人生の正午、統合)、アサーショントレーニング、認知行動療法等。

 

◯おわりに

失業を契機として内的な問題を振り返る機が熟した事例を検討した。とりあえず直近のゴールは次の就職先の決定ではあるものの、転機のプロセスを深く語ることで危機の意味を見出していくケースである。キャリア相談にくるクライアントの中には、こうした転機・危機をはらんだクライアントが少なからず存在する。キャリア・コンサルタントがどこまで担当すべきなのか、すべきでないのか、誰がすべきなのかという議論は切りがないのでしばらく置く。しかし彼らの自己再生のプロセスに付き合うことができる力量を持つカウンセラーは実際に必要だと思う。その養成のためには米国のキャリア理論の翻訳だけではなく、日本での具体的な事例検討をもとにしたキャリア理論と実践の不断の往復作業が不可欠だと考えている。

 


引用文献

  • Brammer, Lawrence.M.,(1991) How to cope with life transitions ,Hemisphere
    楡木満生・森田明子訳(1994)「人生のターニングポイント 転機をいかに乗りこえるか」,ブレーン出版
  • Briges,W.,(1980)Trasitions,Addison-Wesley. 倉光修訳(1994)「トランジション 人生の転機」,創元社)
  • 廣川進(2006)「転機のカウンセリング 失業を契機とする2事例の考察から」.大正大学カウンセリング研究所紀要.
  • 加藤一郎(2004)「語りとしてのキャリア メタファーを通じたキャリアの構成」,白桃書房
  • Levinson,D.J.(1978) The Seasons of a Man's Life. 南博訳(1992)「ライフサイクルの心理学」.講談社.
  • 西平直(1993)「エリクソンの人間学」,東京大学出版会.
  • 岡本祐子(1999)アイデンティティ論からみた生涯発達とキャリア形成」,「組織科学」33(2),4-13.
  • Pulley,M.Lynn.,(1997) Losing Your Job, Reclaiming Your Soul, Jossey-Bass.(佐藤洋一・佐藤明子訳(1998)「失業絶望を希望に変えた人たち」,トッパン)
  • Schlossberg,Nancy.,(1989)Overwhelmed : Coping with Life's Ups and Downs, Lexington Books.
    武田圭太・立野了嗣訳(2000)「選職社会 転機を活かせ」, 日本マンパワー出版.
  • 杉浦健(2004)「転機の心理学」,ナカニシヤ出版.

 

 

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