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4月はスタートの時期。職場に新入社員が入ってきたり、異動や転勤があった人もいることでしょう。これから3回にわたってお付き合いください。
今月は、キャリアカウンセリングでは有名なたとえ話「4人のレンガ職人」から始めます。
旅人が広場でレンガを積んでいる職人たちにたずねました。
「そこで何をやっているのですか」
職人A:見ての通り、レンガを積んでいるんだ。
職人B:大きな建物を作っているんだ。
職人C:歴史に残る立派な大聖堂を作っているんだ。
職人D:みんなが集まって幸せな気持ちになれる場所を作っているんだ。
4人の職人は同じ「レンガを積む」という行為を、違ったレベルで捉えています。
- Aは、命じられたままにさせられている作業のレベル。働く目的・動機は報酬のためです。辛い労働だが食べるために日々耐えています。
- Bは今やっている作業とプロジェクト全体の目的との関係が多少は分かっているようです。
- Cは仕事を業績と捉えて、より大きな仕事を任せてもらえるようにがんばっています。働く目的・動機は自己の向上、スキル、年収、地位、評価、キャリアなどの上昇です。
- Dはこの仕事に社会的意義を見出しています。誰のどんな役に立っているのかを明確に言語化しています。今作っているものはたまたま教会だったけれど、どんな仕事をしていてもその意義・意味・価値を他者とのかかわりの中で捉えることができる人です。仕事を人生全体の中で位置づけて、使命感とか志、ビジョンをもって働ける人でもあります。
この話の解釈はさまざまに可能ですが、私には、仕事の主観的な捉え方の差が働きがい、生きがいの差につながるという点が面白いです。
キャリアの仕事観の観点からみるとAはJob(労働・作業)、CはCareer(業績・キャリア)、DはCalling(天職)と分けることもできます。生きがいや幸福感はA→Dにいくほど高いといえるでしょう。
○格差社会と内的キャリア
この話のポイントは、旅人からみたら今、この4人の職人は「レンガを積む」というみな同じ行為をしているということです。職種の差ではない。清掃の仕事を天職と感じて働く人もいれば、医師や弁護士であっても作業と感じている人もいるかもしれません。客観的な現実ではなく、その人の主観的な意識の問題なのです。
読者の皆様、ご承知のようにキャリアには職歴、会社名、業務内容、地位、年収などのように外部から客観的に記述できる「外的キャリア」と、仕事観や働きがい生きがい、使命感、成長実感、幸福感など、外側からは見えない、その人の自己概念とつながる「内的キャリア」の2つがあります。
非正規雇用の労働者比率は36%を越えて過去最高になりました(労働力調査2013年)。広義のフリーターは700万人近い。多くの学生は数十社は受けなくては1社の内定がもらえない状況。景気の循環はあっても、今後はさらに2極化が進んでいくでしょう。
そんな状況にあって、「外的キャリア」はもう高度成長期のように毎年、全員が一斉に上昇することはありえません。ごく少数の「勝ち組」と多くの「負け組」。「幸せのものさし」を「外的キャリア」だけに置いていたら、一生幸せと感じられない人がますます増えていくことでしょう。
どうしたらいいのか。
○バイトでも天職と感じられる
私のゼミのある学部生が100円ショップでバイトをしていました。熱心な働きぶりが認められて売り場の一角の仕入れから任されることになりました。何が売れるのか、売れないのか、売り場の動きをよく見て、仕入れの工夫をしました。読みがあたってたちまち売れるときもあれば、売れ残るときもある。それが面白くなってきたと言います。彼女はすでにこの仕事を時給800円でやらされているA(ジョブ、作業)とは捉えていません。C(キャリア)として捉える入り口にいます。マーケティングの訓練をさせてもらっていると捉えて、さらに店長を目指したくなってくるかもしれません。そしてD(天職)の観点としては、どんなことが考えられるでしょうか。私もときどき100円ショップに立ち寄りますが、単価が安いのでついつい手にとったものを買い物カゴに入れて結局、数千円も買っていることがあります。でもなぜだか得したような幸せな気持ちになっています。これはデパートでは味わえないささやかな贅沢かもしれません。そうした小さな幸せをお客に与える仕事である、と捉えたら、少し人の役に立っているという天職の感覚に近くなるかもしれません。どんな仕事をするかも大事ですが、与えられた仕事をどんな意識で取り組むか、その人にとっての意味を深くとらえられるかが大事になってくる、ということです。
日本のキャリアデザイン教育は、「仕事を通して自己実現を」というメッセージが強すぎたのかもしれません。自己実現ができる仕事などそう簡単に見つかるはずもありません。むしろどんな仕事であれ、今、就いている業務を一生懸命にすること、その意味を人々とのつながりの中で深く捉え直すこと、やりがい、働きがいと感じられること、こうした思考と行動ができる人たちを育てないと、みんなが一生、青い鳥を探し続けることにもなりかねません。
ひとりひとりの「内的キャリア」をいかに満たして、その人ならではの幸せをどうしたら感じることができるか。このテーマをみんなで考える必要があります。
○キャリアカウンセリングのナラティブ・アプローチ
昨年、全米キャリア開発学会(NCDA)の100回記念大会がありボストンに行きました。
あの有名なKrumboltz教授がご健在で、夜のダンスパーティでは元気に踊るお姿を大勢の参加者が写真に収めていました。最終日はSavickas教授が約1000人の聴衆を前に基調講演をしました。彼の著書で補いながら要点をまとめますと。
キャリアサービスを3段階に分けると、以下のようになります。
「職業ガイダンス」: Parsonsの特性・因子理論やHollandの個人-環境適合アプローチ
「キャリア教育」:Superの職業発達(開発)理論
「キャリアカウンセリング」:Savicasが提唱する社会構成主義を背景にしたナラティブアプローチ
変化の激しい現代社会にあってこれからもっとも必要なものは「変化適応力」と「アイデンティティ」の両方である。アイデンティティを形成するためには、自分の物語を語り直し続けること。未来は過去を必要とする。適切な聴き手との「語る/聴く」という相互作用から物語の協同構築が進み、自らが納得のいく未来へ向けての意志と行動力が生まれる。
Savickasの提唱するキャリアカウンセリングのナラティブ・アプローチは、内的キャリアを充実させ、どんな仕事であれ、その意味を自分の過去や人々とのかかわりの中で見出していくために必要な「物語」を生み出す方法です。これから日本でももっと取り入れられていく必要が出てくると思います。
○部下のモチベーションを上げるためにリーダが問い、語る
さて今度は前掲の「4人のレンガ職人」の話を「部下のやる気を引き出す上司」の観点から見てみましょう。
あなたは旅人から「今そこで何をやっているのですか」と問われて、何と説明しますか。それはA~Dのどれにあたるでしょうか。
旅人に説明するのに、関係者だけに通じる社内用語も固定観念も通じません。普遍的な本質的な意味や意義が語れるかどうかが試されます。管理職でも経営者でもAの作業レベルに近いままの人はいないでしょうか。Dとなるとなかなかいないのかもしれません。部下のやる気うんぬんの前にまず、上司のモチベーションは何に支えられているのでしょうか。
最近、とくに耳にするのは職場のミドルの疲弊です。やる気、モチベーションを高めるのに大きくは2つあって、外発的動機づけ(報酬、地位等)と内発的動機づけ(達成感、働き甲斐、幸福感、成長実感等)があります。どちらも大事ですが、社会も会社も低成長期にはそう簡単に地位も報酬も上げられません。いかにして働くひとりひとりの内側から主観的な「感」や「観」が湧き上がることができるか。以下にヒントを上げました。
- まず、自分を「動機付けるもの」について振り返る、言語化する(これだけでもひと仕事!)。
- それをもとに社内での面接から居酒屋まで多様な場面で、「最近、仕事面白いか?」などと部下の話を引き出しながら話してみる。
- 部下が今、担当している業務をCareerや Callingの視点でとらえる説明や質問をおこなう。
たとえば、ネジの製造は地道な作業ですが、さまざまな機械の土台で、品質が精密で丈夫であるほど、世の中の仕事の生産性や暮らしの安全性を高めたりしている、と捉え直すことも可能でしょう。
- 部下の業務に関連する顧客の感謝の声や社内の評価などを目に見えるようにすることで、手ごたえを感じられるようなフィードバックの仕組み、仕掛けを組織的に組み込む。
- 新しい担当の仕事を割り当てる時など、その仕事の目的や意義、顧客の満足度や問題解決とのかかわりなどを説明する。
- 仕上がった仕事に対して上司がきちんと評価する。若手には特に、以前に出来なかったことが出来るようになった点を見つけて褒めて、ねぎらうことで、達成感や成長実感を感じやすく演出する。 熱血的根性論とか外発的アメとムチとか、部下のやる気を引き出すスキルはいろいろですが、上司自身が本気で思っていることを、相手の心に届く「言葉」で伝えようとすることも大事ではないでしょうか。
今月は始まりの月、もう一度、今、あなたがやっている「仕事」の目的や意味を、自分や属しているチームや顧客との関わりの観点から見つめ直してみるのも意味があると思います。忙しくてそんな暇はない、という声が聞こえてきそうですが・・・。
参考文献:
- Wrzesniewski, A., McCauley, C. R., Rozin, P., & Schwartz, B. (1997). Jobs, careers, and callings: People's relations to their work. Journal of Research in Personality, 31, 21-33.
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