JAVADA情報マガジン5月号 キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】

2013年5月号

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ホワイトカラー資格の可能性 ~日米英調査に基づく考察~(2)

大分大学 経済学部 教授 宮下 清 氏 《プロフィール

2.ホワイトカラー資格の国際比較

今月はホワイトカラーの仕事を対象にする資格(ホワイトカラー資格)から、日米英の代表的な資格について比較検討したい。具体的には日本のビジネス・キャリア検定(人事分野)、アメリカ人事管理協会(SHRM)による人事資格とイギリス人事教育協会(CIPD)による人事資格を取り上げる。人事職務についての資格(人事資格)を比較対象としたのは、これら人事資格がアメリカ・イギリスでも必須とはされておらず、発展段階にある日本を含めた国際比較がしやすいと考えられるからである。

 

(1)日本の人事資格

中央職業能力開発協会が発行する本メールマガジンをご覧の読者にはご存じの方も多いだろうが、ビジネス・キャリア制度は1994年に労働省(現・厚生労働省)によって制定された公的制度である。同制度は事務系職務に求められる職業能力習得を支援し、その教育訓練の成果確認を目的としている。その後、2007年度より能力評価のための試験として「ビジネス・キャリア検定」となり、公的資格としての性格が強まった。

ビジネス・キャリア検定は事務系職種の代表的職務を広く対象としているが、本稿ではその中から人事分野(人事・人材開発・労務管理)を一つの人事資格と捉え、人事分野のホワイトカラー資格として国際比較の対象とする。人事職務を対象とする「人事・人材開発・労務管理」分野「人事・人材開発」および「労務管理」が人事資格に該当する。同検定は1~3級が設置され、1級は部門責任者や高度専門職レベルで部門長やディレクターを目指す人、2級はグループやチームの中心メンバーレベルで課長やマネジャーを目指す人、3級は担当レベルで係長やリーダーを目指す人がターゲットとされ、評価方法は1級が論述問題、2、3級は多肢選択問題である。(現在、1級試験は諸般の事情により休止中)

「人事・人材開発」1級では経営戦略と人事戦略などの全社的経営や方針が含まれ、要員、人件費、人事制度、人材開発においても企画や立案に主眼が置かれている。2級と3級には共通点が多くみられるが、3級では人事職務の基本的な考え方、その仕組みや概要の理解が確認され、2級では内容がさらに細分化され、設計と運用について深く掘り下げられる点で区別されている。

 

(2)アメリカの人事資格

アメリカでは人事管理協会(SHRM:Society for Human Resource Management)によるPHR(Professional in Human Resources)等の資格が代表的な人事資格と考えられる。1948年に創設され、世界140カ国に25万人以上の会員を擁する専門組織である同協会は、人事スタッフや専門家(HR professional)に対し、最新かつ適切な資源を提供し、会員や関係機関とのパートナーシップ構築、専門知識の共有等の要請に応えることを使命とし、人事管理の戦略的役割の推進、組織の有効性向上などの役割を果たしている。

1976年より開始された資格には、PHR、SPHR(Senior Professional in Human Resources)、GPHR(Global Professional in Human Resources)の三種類があり、その取得者は全世界で約12万人にも及んでいる。その名称の通り、PHRは人事資格、SPHRは上級人事資格)、GPHRは国際人事資格である。これらの資格を取得するための試験問題はアメリカ連邦法、規則、実践と一般慣習等に基づき、人事管理の全分野から作成され、すべて多肢選択方式でコンピュータ採点される。試験は3時間で175問と長時間で多くの問題が課せられる。PHRとSPHRはアメリカ国内の人事分野の知識を確認する試験で、GPHRはグローバル人事、国際人事に関する業務を担当する人事スタッフのための試験である。いずれも2年以上のエグゼンプト・レベル(労働時間規制の適用除外ホワイトカラー、管理職・専門職などが該当)での人事業務経験が必要とされる。

PHRとSPHRの違いは、推奨される経験年数がPHRでは2~4年、SPHRでは6~8年と、PHRでは担当者として人事労務・人材開発の運用・機能について、SPHRでは管理職や専門家の受験を想定し、経営戦略・政策についての問題が多く出題されている。GPHRの試験では戦略経営、国際人材と異動、国際給与と福利厚生、組織管理と人材育成、雇用管理とリスクマネジメントと、PHRとSPHRと構成が異なっている。

 

(3)イギリスの人事資格

イギリスの人事資格は人事教育協会(CIPD:The Chartered Institute of Personnel and Development)による資格が代表的なものと考えられる。人事教育協会(CIPD)はその名称が示す通り、人事管理と人材開発に関する最古の専門組織で、1913年設立のWWA(Welfare Workers’ Association:労働者厚生福利協会)以来の長い歴史を有している。Chartered(英国公認)が付く現在の名称となったのは2000年からであり、全世界で13.5万人の会員を擁している。

同協会は人事管理と人材育成の発展に寄与し、影響力のある専門組織として会員に専門情報の提供、キャリアサポート、ネットワーキング支援、会員優遇制度等を提供している。人事資格の認定・授与も同協会が行うが、人事資格も会員制が基盤となっている。

イギリス人事教育協会の会員になるためには複数の方法があり、どの方法が取れるかは学歴や職歴等で決められる。関連する修士学位やMBA取得者が会員になる方法やNVQ(全国職業資格)で認定を受ける方法もある。同協会が授与する資格の種類には、サポート資格(Support-level qualifications)、トランジショナル資格(Transitional-level qualification)、プラクティショナー資格(Practitioner-level qualification)の三種類があり、サポート資格、プラクティショナー資格が本稿での比較対象となる。

サポート資格は人事教育分野でのキャリアを築き、発展させたい人を対象にし、人事職務の入門資格と位置付けられ、人事実務認定(CPP: Certificate in Personnel Practice)、教育訓練認定(CTP: Certificate in Training Practice)、採用選抜認定(CRS: Certificate in Recruitment and Selection)、雇用管理・労働法規認定(CERLAP: Certificate in Employment Relations, Law and Practice)の四つがある。

 

(4)日米英人事資格の国際比較

日本のビジネス・キャリア検定の年間合格者(資格取得者)数を平均すると、全部門合計で年間約10,000人程度である。そこから、人事資格と位置付けられる「人事・人材開発」と「労務管理」1~3級の取得者は年間約2,500人であり、これまでの人事資格取得者はのべ3万人程度と推定される。

アメリカの人事資格検定PHR等の受験者は年間約25,000人、資格取得者累計は2012年で計10万人以上とされている。イギリス人事教育協会の会員数は約13万5000人あり、その中で資格取得者は約10万人と推測され、イギリスにおける人事資格の取得率はこの3カ国で最も高いと考えられる。

日米英の資格制度を比較すると、イギリスは1913年、アメリカは1948年に人事・教育の専門組織が創設され、100年、65年との長い歴史を有している。ホワイトカラー資格のあり方を検討するには会員制度を含めた専門組織や専門職業(プロフェッション)について考慮することが不可欠である。歴史の違いだけでなく、資格取得で完結する日本の資格と専門組織の会員制度と一体化し、継続的に会員であることが前提となるイギリスやアメリカの資格制度とは大きく異なっている。従ってこのような歴史や制度の違いを踏まえた上で、日本の資格のあり方を考えることがますます重要になるだろう。

 

(追記)ご承知の通り、ここで取り上げた日本の人事資格(ビジネス・キャリア検定)は社会的浸透が不十分なため、英米の人事資格との国際比較には限界があります。また文中にも記した通り、人事分野の1級は休止中ですが、同制度の目的と枠組みから人事資格と位置付け、当初の制度での比較を試みています。また、イギリスの資格制度は2012年より、新制度に順次移行しており、本記述は旧制度に基づいていることにご留意ください。

 


〔参考文献〕

  • 安藤喜久雄「能力主義時代の会社意識と仕事意識」雇用開発センター『資格・キャリア形成と人材開発』雇用開発センター,1994, 2-10.
  • 今野浩一郎・下田健人『資格の経済学』中央公論社,1995.
  • 藤村博之「公的資格取得と労働移動」連合総研編『創造的キャリア時代のサラリーマン』日本評論社, 1997,135-146.
  • 宮下清「ホワイトカラーの職務能力と公的資格」『日本労務学会誌』第7巻2号, 2005, 15-27.

 

 

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