1.ホワイトカラー資格の社会的意義
今月から3回にわたり、ホワイトカラーの資格をテーマとして、キャリアナウに寄稿を行わせていただきます。全体を通しての表題を『ホワイトカラー資格の可能性-日米英の調査に基づく考察-』とし、アメリカ・イギリスの資格との比較を通して、新たな「ホワイトカラー資格」という概念について、その存在意義や可能性を論じていきます。
(1)ホワイトカラーと資格
日本のホワイトカラーは、どのように仕事力を高めているのだろうか。そのために「資格」はどんな役割を果たせるのだろうか。よく知られるように、新規学卒者が就職する際、配属される部門や職務と大学等の専攻や学習との関連性はほとんどみられない。したがって、日本のホワイトカラーは仕事を通してその力(職務遂行能力)を獲得し、また向上させていると考えられる。
ビジネスの国際競争や情報社会が進展することで、1990年代には雇用の多様化や成果主義的な人事制度が広がった。内部労働市場が短期化・外部化へと変化する柔軟な企業モデルへの動きである。そのため、エンプロイアビリティやキャリアなど個人の主体的な就業意識が重視され、企業でも大学での専攻や本人の希望・適性を考慮し、職種別採用が導入された。
採用時から担当職務を決めておくことは将来のキャリア計画を明確にできる利点があるが、その後のキャリアを限定してしまうマイナス面も否めない。そのような環境下でも、外部で認定・評価される「資格」であれば、OJT、OffJT、自己啓発と共に仕事とキャリアをつなぎ、仕事力を高める一助になる可能性がある。
(2)欧米と日本の資格のあり方
欧米諸国では伝統的に同業者の専門団体や職種別労働組合が発達し、多くの職業において職務の専門性が確立している。そこから様々な職務で「資格」が活用されている。イギリス政府が推進する全国職業資格(NVQ)は労働人口2500万人の23%、約560万人が取得し、社会に浸透している。多くの職業資格を国家資格とするフランスでは職業資格と学校教育が連動し、職業資格の準備教育を学校が担っている。さらにドイツでは大学教育を含め職業教育が職業別労働市場を作り上げ、資格が職業の存在に重要な役割を果たしている。
日本では企業内労働市場が一般的で、職務遂行の知識や能力の企業特殊性が強いことから、職業資格やホワイトカラーの専門組織はほとんど発展してこなかった。しかし、1990年代からの経営・雇用の変化、いわゆる日本的経営の崩壊により、非正規従業員や中途採用者が増加するなど、正規従業員中心の企業内労働市場に変化がみられる。そうした変化に対応するかのように、厚生労働省認定ビジネス・キャリア検定(制度)(1994)をはじめ、文部科学省後援のビジネス能力検定(B検)(1995)、東京商工会議所主催のビジネス実務法務検定(1998)など、ホワイトカラーを対象とする資格・検定が登場した。このような状況から、ホワイトカラー職務の認定・評価のための環境整備が少しずつ進展し、ホワイトカラー資格のあり方を検討する意義が高まっていると思われる。
(3)ホワイトカラーの資格取得
現在、日本でよく知られる資格・検定の中で、ホワイトカラーの仕事に関連するものには、英語検定(実用英語技能検定)、簿記検定(日本商工会議所簿記検定)、情報処理検定(経済産業省の情報処理技術者試験、全国商業高等学校協会の情報処理検定試験他)などがある。これらはいずれも英語、簿記、情報処理といった特定の知識・技能についての検定である。一方、人事、経理、営業などホワイトカラーが従事する仕事を対象とする資格・検定は社会保険労務士、中小企業診断士、販売士、ビジネス・キャリア検定、ビジネス能力検定(ジョブパス/B検)などに限られる。
筆者が企業の正社員400名を対象に実施した調査(2007)からも、職務に関連する資格・検定を持つホワイトカラーは少数であった。取得率が最も高い「英語検定」(30%)に続き、取得率が10%以上は「技能検定」「日商簿記検定」「基本情報技術者」で、事務系ホワイトカラー向けの資格は簿記だけである。また、ホワイトカラー資格と考えられる「ビジネス・キャリア検定」の取得率は1%弱、「ビジネス能力検定」は約3%に過ぎない。ご存知の通り、ビジネス・キャリア検定はホワイトカラーの職業能力習得を支援するため、労働省(現・厚生労働省)によって1994年に制定されたビジネス・キャリア制度を前身に、2007年に資格となったものである。ビジネス能力検定は1996年から文部科学省後援によって始まった検定で、ビジネス常識、コミュニケーション、リーダーシップ等ホワイトカラー職務に共通な基礎能力の評価を行うものである。
(4)企業での資格の評価と活用
ホワイトカラー職務の資格について企業の考えを理解するため、情報機器大手企業四社の人事担当マネジャーに聞き取り(2007)を行った。そこから、①公的資格は技術系の一部資格を除いて、重視されていない、②現段階でビジネス・キャリア検定(制度)は、ほとんど活用されていない、③今後は、従来以上に資格の活用が見込まれる、との結果が得られた。
さらに、金融大手企業の人事担当マネジャーにも聞き取り(2009)を行った。金融業界はホワイトカラーの職場で専門性が高く、資格の活用も想定される。また人材育成が重視され、今後のホワイトカラーの育成と資格のあり方を考える上で、金融業界について育成と資格についての現状を把握することは有意義と思われる。結果として信託銀行では「ファイナンシャル・プランナー(FP)」「宅地建物取引主任者」「銀行業務検定(財務、税務、法務)」の三つが推奨資格とされ、証券会社では「証券アナリスト」「ファイナンシャル・プランナー」「米国証券アナリスト」が必要資格で取得が推奨され、「証券外務員資格」は内定か入社3ヶ月以内での取得が必須とされていた。
このように限られた情報であるが、金融業界では、①業務関連の資格取得が必要とされる、②資格は知識の確認、仕事の質の担保、顧客へのアピールとなる、③資格は評価に直結しない(評価は職務経験と成果による)、ことが確認された。ここから金融業界では資格が相当に認定・活用されていることが伺える。
(5)資格の定義と研究
資格とは特定の知識や技能が一定水準に到達していることを証明するものであり、それによって客観的評価さらには社会的信用が得られるものである(今野・下田,1995;藤村,1997;宮下,2005)。資格に関する先行研究から、資格には知識の確認(安藤, 1994)、学習・教育の役割、および成果物である商品やサービスの質を評価する役割(今野・下田,1995)がある。これらは内定者の学習成果や能力確認などにみられる一般的な資格の効用である。
さらにホワイトカラー職務の資格では間接員であるホワイトカラーだけに、商品やサービスには必ずしも直結しないが、職務・成果を評価する役割もあると考えられる。このように資格は、その取得者の「知識・能力の証明」「学習・教育の効果」「商品・サービスの評価」さらには「職務・成果の評価」という役割を有している。
資格について、代表的な国家資格である社会保険労務士、中小企業診断士、税理士を取り上げ、その状況や意義を示した今野・下田両氏による『資格の経済学』(1995)は、とりわけ意義深い先行研究の一つである。同書ではビジネス・キャリア制度の紹介に加え、組織内仕事士のようなファジー型資格を政府主導でなく、業界などが下から作り上げていくべきと資格の社会的意義と方向性が示唆されている。しかしながら、この分野の研究のほとんどはホワイトカラーやその職務を対象にしたものではなく、日本のホワイトカラー資格の検討はこれからの課題と思われる。
〔参考文献〕
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安藤喜久雄「能力主義時代の会社意識と仕事意識」雇用開発センター『資格・キャリア形成と人材開発』雇用開発センター,1994, 2-10.
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今野浩一郎・下田健人『資格の経済学』中央公論社,1995.
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藤村博之「公的資格取得と労働移動」連合総研編『創造的キャリア時代のサラリーマン』日本評論社, 1997,135-146.
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宮下清「ホワイトカラーの職務能力と公的資格」『日本労務学会誌』第7巻2号, 2005, 15-27.
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