1.我が国のものつくり文化
藤本隆弘教授(東京大学大学院経済学研究科教授、ものつくり経営研究センター長)によると、製品とは人間に有用な機能を持つもので、設計情報が具体的な媒体にインストールされたものであると定義される。
そして、ものつくりには、インテグラル型とモデュール型があると言う。前者は、統合型とも言われ各部品やサブシステムがお互いにマッチングするように摺り合せる製造方法である。サプライ側と受ける側が十分対話をして規格を決める。そこでは、ものつくりの息が感じられる。自動車会社とその系列工場の関係が代表例である。日本の様なウエットな社会構造を持つ場合は、インテグラル型が上手く行く。ただし、互いに緊張関係を持って対応しないと甘くなってしまう危険性もある。
一方、モデュール型とは、徹底した標準化と規格化である。どこの製品を使ってもぴったり適合する。あとは価格だけである。世界で最も安い部品を集めて組み立てれば安いシステムを作ることが出来る。ここには、人間の息吹は無い。個別独立した個人が、一定のルールで製造するだけで事足りる。部品を集めて作るパソコンが良い例である。欧米型企業に多く、コンセプト主導型のビジネスとも言える。標準化がキーであり、品質管理が欠かせない。どちらが優れているかという問題では無くものつくりの相対するスキームと考えればよい。
2.ものつくりと知財
最近の企業の競争力は、ハード資産からソフト資産へ移行している。米国では、ハード資産率が20%を切っていると言う。一方日本の場合は、まだ50%近くある。今後、知財、ノーハウ、デファクト標準、OS、エネルギなど技術のソフト部分を握って経済を支配する傾向が強くなるであろう。アップル社が通信大手のNortel社を45億ドルの大金を払って買収したとの記事が出たが、内実は、Nortel社が持つ7000件もの特許権の獲得であったようだ。会社も土地建物と言うハード資産よりも知財と言うソフト資産に大いなる価値があると言う傾向がますます強まるであろう。
一方、中国の特許出願件数は、2011年ついに米国を抜いて世界一となった。
2005年ごろから急に伸び出して、昨年度は50万件を超えたとされている。現在では、WTOの有力なメンバー国であり、今後特許により知財の囲い込みをする可能性もある。量は質に転換する法則もあり、質の高い「ものつくりの基本特許」が権利化されることも考えられる。互いにオリジナリティを尊重しつつ、ものつくり文化を育てて行かなければならない。
3.ものつくりのアート化
アジアの進展に伴い、共通仕様、共通機能、価格体系などにおいて、日本は競争力を失いつつある。高性能・高機能なものを安く作る技術は、もはや日本のお家芸ではない。この観点で競争しても限界が見える。
現在の閉そくしたものつくりの限界を超えるために
3-1 製品の差別性
他の製品との差別性を如何に作り込むかは極めて重要なファクターである。機能や性能は、似たり寄ったりで価格でしか差別性が無いとすれば情けない。価格競争で対応すれば、限りなくデフレ状態に陥る。今後の差別性とは、デザインや個人の嗜好性に対応する、個別限定製品、個人の価値観への対応、など私だけと思わせる製品群である。カギ型製品とも言える。カギは、基本形だけを大量生産をする。実際に製品化するときには、カギに凹凸をつけたり模様をつけたりして個人用のカギとなる。しかもカギは模倣不可であり、価値は高いカギ作りには、コンピュータで個別にモディファイするプロセスが基本である。このように量産技術と個性化の組み合わせも1つの解決方向であろう。
3-2 知財戦略
知的財産とは、特許や意匠(デサイン)、著作権、ノーハウなどがある。これまでは、製造に際して関連特許を取ることに専念していたが、これからは如何に権利範囲を押さえるか、類似が出て来た時どう対応するか、自社の特許に触れている可能性を如何にキャッチするかなど、単なる特許出願で満足している時代ではない。また、いつ何時、特許侵害訴訟を受けるかもしれない危険もある。常に他社の特許動向ウオッチは必須である。
これまでは、知的財産戦略と標準化は対立概念であると教えられてきた。知財は技術を独占して、権利者だけを守るルールである。一方、標準化は、広く普及させて誰でも使えるようにする汎用化ルールである。従って、1社の特許を標準化することは無いと信じてきた。ところが、特許による独占技術であってもデファクト標準化で広く普及させるケースが出てきた。公的な標準ではないが、実質的にはユーザーを縛ることが出来る。コンピュータ界のOSなどはその一例であろう。1.で述べた標準化戦略と知財戦略はコインの裏表であり、企業や国家にとって極めて大切な戦略論であると思う。
4.高度人材の育成
これまで如何に新規な製品を作り込むかと言う課題について述べてきたが、もう一歩進めれば、その課題を解決できる人材を育てることがさらに重要であることが分かる。与えられた仕事を無難にやり遂げることはできても、新しいことを創造する能力は別物である。人材の資質にも依存するが、教育訓練でも創造力開発は可能ではないだろうか? ハーバード大学のMBAコースでの授業は、絶えず考えることを強いられる。課題を与えられてどう解決するかを考え抜く。答えは1つではない。議論をして、より良い方向を探る。人間は、未知な環境に置かれたら、生きるための創意工夫をする。そうしないと生きて行けないからである。この訓練は、技能者訓練にも似ている。
技能訓練で最も困難な課題は、前述したように故障診断である。多くの原因系の組み合わせで故障現象が起こる。相当な創造力と想像力が無いと対応できない。技能者訓練のみならず技術者にも創造・想像力を付与し、かつ育成する教育プログラムの開発が急務であると思う。
5.デファクト標準化への道
最初から世界仕様でものつくりをする。韓国やフィンランドが進めてきた道である。世界が相手であり、最初から大規模なグローバル市場に対応する。しかも最初から英語文化でものつくりをすれば、わざわざ輸出用と謳う必要はなくなる。日本は、1.2憶人の適当に大きな市場があり、国内だけでもものつくりが成立する。日本で市場が確立すれば、英語に翻訳して海外輸出を目指す。これでは、1歩も2歩も遅れてしまう。
さらに標準化、デファクト化を世界に先駆けて打って出る必要がある。日本が主導したルールであるから常に一歩先んじることが出来る。今回、情報ネットワーク施工職種を世界に先駆けて提案したことが、4回連続金メダルを取れた理由の1つであろう。ルール作りを先行して実施すること、これが競争力の基礎であることをいみじくも技能五輪の場において証明した。
前述したが、技能五輪競技大会は、年齢制限(22歳以下)と競技時間(20時間以下)と言う制限の中で選手がその技能を競う。この場合、競技課題(事前に開示される場合と競技大会直前に開示される場合がある)、競技ルール、競技会場の設備(インフラ)、安全基準、評価方法、使用部材や道具などを不公平が無いように統一する。それは、各国の技術専門家(エキスパートと呼ぶ)が選手の指導者であると同時に審判員ともなる。競技大会までは、自分の選手を徹底して指導育成をするが、一旦競技大会になると公正な審判官の役割を演ずる方式をとっている。従って、たとえ自国の選手に有利な判定をしても、複数の審判員の平均値をわずかに変化させることくらいで、何回か評価をすると客観的な優劣が明白となる。しかも、数値化出来る評価尺度(寸法や時間)を共有化しているので、特定の国の選手にメダルを取らせることは事実上不可能である。こうして、共通ルールは、大会ごとに集まったエキスパートが何度も議論して決めることになる。実は、このルールの中にデファクト標準化出来るルーツがある。これまでは、大会の競技ごとに暫定ルールを決めて競技を実施し、終わればそのままであった。
2010年11月、ジャマイカのキングストンで開催された国際技能五輪総会が開催されて、筆者も参加する機会を与えられた。私の影響が及ぶのは、情報ネットワーク施工職種だけではあるが、この総会では2011年に開催されるロンドン大会への参加国を勧誘するミッションが主であったが、同時に競技に関する共通のコンセプト(課題、ルール、インフラ、安全、評価など)を文書化してデファクト標準化する案を各国の代表に説いて回った。特に親しかった技術委員長のコーコラン氏には、しつこく迫った事を思い出す。
WSI(国際技能五輪事務局)のホウイ事務長にも資料を手渡し意義について説明した。情報ネットワーク施工が日本方の提案であったこと、参加国、特にアジア諸国の参加を促すうえで、過去の競技大会の共通部分を文書化しておくことが必要でもあった。
折角の2年に一度の国際大会で、最新の技術と技能を競いあったコンテンツの共通部分を記録文書として残すことは大変意義がある。しかもWSI事務局の認証が得られれば、一種のデファクト標準書として各国のそれぞれの業界や訓練学校に持ち帰ることが出来る。これから技能者を育成しようとする国にとっては世界のトップの状況が具体的に分かり、今後の訓練方針が立てやすくなる。一方、最先端を走る国にとっては次世代の技能訓練に資することも可能である。
2013年度は、ドイツのライプチッヒで国際技能五輪大会が開催される。情報ネットワーク施工競技は、5回目を迎え参加国も14~15カ国になると期待されている。また、エキスパートの間でも、情報ネットワーク標準施工法(仮)なる技術記録文書を残そうと言う動きにある。大いに期待したい。
デファクト標準から国際認定制度へ
また、技術技能のエッセンスが記録文書で残れば、さらに進んで認定検定制度にも結び付けることが出来る。現在でもBICSIが世界共通ルールによる認定制度を作っている。どちらかと言うと技術的な部分が多いと聞く。技能五輪は、実践的な技能の先端を競う面があり、より具体的に課題や進歩が垣間見える。しかも2年ごとに更新が可能である。言い換えれば、最も実践的で、適用可能性を持つ技能、そのルールであるはずだ。それを技術標準書としてまとめ、各国がその中からエッセンスを選択して、各グレードごとの認定制度に昇華すれば良い。実は、国際的な共通認定制度は、技能者の国際流動化への道を開くことになる。もちろん、語学の問題はあろうが少なくとも共通技術用語、定義、手順、安全などは各国間で共通理解が得られる。通信インフラは、各国により導入時期や普及期間が異なるものである。特にインフラ整備が立ち上がる時は、短期間に多くの専門技能を持つ技能者が必要となる。その時、国際認定制度があれば、技能者を各国間で融通することも出来る。技術技能は、先鋭でユニークであることも重要であるが、決してガラパゴス化してはならない。国際技能五輪の場は、デファクト標準化を進める上で格好の舞台である。日本提案の情報ネットワーク施工競技を先遣隊として、ライプチッヒで是非立ち上げてもらいたい。
6.まとめ
技能五輪の国内、国際大会に関与して10年あまり、極めて奥深い活動内容である。国際競争力と言う我が国が最も重要視しなければならない要素を下支えしているのは、この技能力であることを痛感する。まさに「ものつくり」の原点である。技能五輪大会は、国内も国際も競技大会を盛り上げることは、技能の進歩と技能の伝承を活性化する重要な手段である。同時に、我が国の経済力の発展にも大きな寄与をする。その1つが、標準化活動である。2年に一度、世界の若者が集まって、同じ課題を共通ルールで出来栄えを競う。大会ごとにベンチマーキングが出来る。それを意識的にまとめれば、デファクト標準になると考えている。実践的効率的な作業・操作の共通化であり、それを技術報告書(Technical Report)にまとめれば、それ自体がデファクト化される。私どもが立ち上げた「情報ネットワーク施工」競技で試行してみることをお願いしたい。WSI支援、監修のロゴが入れば、各国の工業会で利用することが出来る。しかも2年ごとに最新版に自動更新されることを考えれば、生きたデファクト標準になるに違いない。
〔参考文献〕
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技能五輪メダリストの群像(西澤紘一、オプトロニクス社、2008年)
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日本のもの造り哲学(藤本隆宏、日本経済新聞社、2004年)
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