JAVADA情報マガジン12月号 キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】

2012年12月号

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第3回:新入社員の定着率と離職管理-課題と今後の方向性-

青山学院大学 経営学部 教授薄上 二郎 氏 《プロフィール

青山学院大学 経営学部 教授 薄上 二郎 氏今回は、入社1年から3年ぐらいの新入社員の定着率の向上と離職管理について、課題を考察し、今後の方向性について論じてみたい〔注〕。まず、なぜ定着率の向上が重要かを整理し、課題を5つにまとめる。最後に今後の取り組みについて5点ほど提言する。

 

◆なぜ新入社員の定着率の向上が重要か

企業の立場から見れば、新入社員の定着率の向上は知識や価値の共有につながる。社員が成長するにしたがってサービス向上、イノベーションや競争力の向上も期待できる。逆に、定着率の低下は多くの面でコストの増加をもたらす。募集・採用から教育訓練、ノウハウの蓄積のしにくさ、場合によっては情報漏えいのリスク、企業ブランドイメージの低下など、金銭的・非金銭的コストの負担増が生じる。さらには企業の継続性に対する不安、次世代のコア人材の不足という問題も起こってくる。

新入社員からすれば、定着率の低い会社はキャリア設計の見通しが困難である。同僚や先輩の離職が進めば業務量が増え残業時間の増加などにつながる。業務量の増加は、ストレスの増加、職場の人間関係の悪化、経営者への不信感、離職という悪循環を招く可能性もある。取引先にとっては、担当者が頻繁に替わって情報の共有が妨げられ信頼関係を築きにくい事態となる。

上記の複合的な結果として、業績への悪影響ヘというリスクを高めることになる。

 

◆定着率の向上と離職管理の課題

新入社員の定着率にかかわる第1の課題は、そもそも組織の誰(Who)がどのような権限と責任においてこの問題に係わっていくかである。定着率は社会的な要因、企業側の複合的な要因、個人的な要因などが絡み合っている。企業側の要因だけをあげても、仕事の面白さ、責任の度合い、ストレス、職場のコミュニケーションや人間関係、賃金・報酬、ブランドイメージ、会社の将来性など多様で、誰がどのような権限と責任において定着管理を行うべきか曖昧になりがちである。募集・採用や教育訓練、配属のように、社内における人事の権限と責任がはっきりしている活動とは大きな違いがある。

第2の課題は誰(Whom)を対象として定着率と離職管理の問題に取り組むかである。定着率は、単純に平均値だけで「わが社は他社より定着率が良い」とか「悪い」と論じることができるものではない。性別、配属先の別、年齢階層の別、技術領域の別、国内と海外拠点の別などによって定着率に差があるかもしれない。例えば、サービス業の場合、将来的に正社員になる可能性のあるパート・アルバイトの定着率の低さは問題となり得るだろう。人材のカテゴリーをどのように分け、問題解決に取り組むか難しい点である。

第3の課題は、定着率という数字だけでは評価できない質的な側面をどのように調整していくかである。最も深刻なのは、将来性のあるリーダーとなる人材(コア人材)の定着率が低い場合である。中核人材、専門知識をもった人材が夢をもって定着することが重要である。コア人材が定着していけば、長期的に企業の競争力向上につなげることができるが、コア人材が次々に離職してしまうようでは、人事制度だけでなく経営そのものに関わる根本的な問題をかかえることになるだろう。

第4の課題は、離職する社員の気持ちをどこまで把握できるかである。会社に対して友好的な気持ちで辞めていくか、敵対的な思いを持って辞めていくかの違いは重要といえる。離職した人材が競合企業に就職するケース、消費者や株主、地域住民となるケース、将来的に会社の良きパートナーになるケース、中には公務員となってさまざまな許認可にかかわるケースなど、離職後も何らかの形で会社と深く関わる可能性がある。これに関しては、離職を希望する社員に対してどのように接していくかが重要で、人事部や管理者に対する教育や指導なども必要になってくる。

第5の課題は、上記のすべての課題に影響を与える、企業戦略や組織、人的資源管理(中途採用、賃金水準・福利厚生)などの問題との関わりをどのように考えるかである。例えば、企業戦略や組織の側面では、リストラや雇用調整の問題と新入社員の離職をどのように位置づけるか。人的資源管理の側面では、中途採用のメリット・デメリットと新入社員の定着率の向上をどのように考慮して管理するか。募集・採用、教育訓練、配属などとは違い、モジュール化して論じにくい問題をどのように解決するかは難しい課題である。

 

◆今後の取り組みの方向性

新入社員の定着率の向上と離職管理は、多様で複雑な要因が絡み合う問題である。それをどのように解決していくべきか、今後の取り組みの方向性として5点ほどあげてみよう。

第1にはベンチマーキングである。新卒採用後の離職管理については、先進事例が参考になることが多い。まず個別のケースを参考にするのが第1の問題解決の方法といえる。例えば、あるホテル業では、細分化されていた職務区分を統合し、一人で何役もこなすやり方を取り入れた。勤務時間中の仕事は増えて忙しくなったが、残業時間が大幅に減少、結果として新入社員の定着率が向上した。他にも、看護職が辞めない病院の事例などもあり、短時間労働や勤務形態の工夫が定着率の向上につながっていくことがわかる。

第2には採用制度そのものの見直しが必要である点をあげたい。バブル崩壊以降、間接部門の合理化が進められ、採用部門と総務部などを統合したり、新卒採用業務の一部分をアウトソーシングする企業が多くなってしまった。その結果、企業が自らの目で人材を見極めるために使う時間が減少したり、新卒者に会社の魅力や仕事の面白さを十分に伝えることができないなど、採用する力が総合的に低下していると評価される。このような状況がミスマッチを引き起こし、新入社員の定着率の低下を招いていると考えられる。

第3には職務満足度調査の必要性である。新入社員の職務満足度を定期的にモニタリングすることは定着率の向上に重要といえる。社員の職務満足度が高い組織ほど、定着率が高い(離職率が低い)という関係が認められる。入社間もない段階では非常にやる気が高いにも関わらず、急激にやる気が低下するケースも少なくない。新入社員は会社の一面だけをみて全体を評価しがちといえる。ある一定の期間を経れば、冷静な判断で仕事の面白さを理解していくだろう。定期的かつ客観的に新入社員の職務満足度を把握し、不満を持っている場合はタイミングよくフィードバックすることが重要である。

第4には離職までのプロセスの整備をあげたい。突然に離職するというケースは稀と思われる。会社に留まるか転職するか悩む期間があるだろうし、モチベーションの低下や行動の変化など何らかのシグナルを発信するだろう。相談できる上司、同僚、出戻り社員などがいれば、このまま続ける方がよいか離職すべきかを一緒に考えることが可能になる。新入社員が離職について相談できる制度(メンター制度)を整備・拡充することが望ましい。

第5に離職事由調査の導入の必要性をあげたい。調査にはインタビュー形式、アンケート形式、その両方の組み合わせも可能である。日本企業の場合、伝統的に長期雇用を前提としているため、離職事由調査にかかわる制度が非常に弱い。「一身上の都合により退職します」ですべて処理してしまい、本当の理由について詳しく分析することはしてこなかった。例えば米国の場合、離職事由について誰がどのような理由でやめるのか聞き出すための質問項目が整備されており、MBAの標準的なテキストにも記載されている。日本でも、先に事例であげたホテルでは離職事由調査を導入している。離職事由調査を導入・整備し、離職の原因究明が今後の取り組みとして重要になってくるだろう。

 

◆おわりに

競争が厳しい状況下で人事の人員を増やし、定着率の向上や離職管理を議論することは難しいことである。雇用調整や中途採用などを考えると、短期的には新入社員の定着率向上はどうしても後回しにされがちな課題といえる。知識や価値を共有し活用することこそがイノベーションや競争力源泉であり、日本型経営の強みでもあった。このテーマに関しトップの積極的な関与を期待したい。

 

 

【参考文献】

・雇用政策研究会資料『日本の成長を担う産業と一体となった雇用政策の課題』厚生労働省職業安定局、平成24年(2012年)6月。

・労働政策研究・研修機構『JILPT調査シリーズNo.36 若年者の離職理由と職場定着に関する調査』2007年7月20日。

             

  



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