JAVADA情報マガジン11月号 キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】

2012年11月号

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第2回:内定期間中の人材マネジメント-入社前研修の課題と取り組みの方向性-

青山学院大学 経営学部 教授薄上 二郎 氏 《プロフィール

青山学院大学 経営学部 教授 薄上 二郎 氏今回は、新卒採用者の内定から入社までの人材マネジメントについて論じてみたい。内定式、配属面談、入社前メンター制度など、内定から入社の間に内定者向けの様々なプログラムが存在する。その中でも内定期間中に実施される入社前研修(内定者研修、内定者フォローなどの類似用語を含む)について、その課題と方向性を考えてみたい。

2013年度4月入社の就職活動をみると、早い学生は2012年4月(入社1年前)に内々定の通知を受けている。入社前研修は、前年度の10月から翌3月までの6か月の間に実施される。こうした長期の内定期間(内々定期間)中、企業は内定者に対して何らかの研修を行うべきか、行うとしたらどのような課題があり、今後の取り組みをどのようにするかが今回のテーマである。

 

◆入社前研修とインターンシップとは

 入社前研修は、内定者を対象とした教育・研修のことである。資格取得支援(語学、金融・財務・会計・簿記、IT関連など)、eラーニング・通信教育、課題レポートの提出、合宿研修、現場・店舗見学、現場実習など多岐にわたる。研修であると同時に、内定期間中の不安解消、モチベーションの中だるみ防止、他社に関心が向かないようにする囲い込みを目的としている。他にも、内定者の知識やスキルのばらつきを減らし、入社後に少しでも受け入れ部署の負担にならないようにするという意図も含んでいる。韓国の大手財閥でも入社前研修を実施している事例が見られる。入社前研修は、内定から入社までの期間が長いという特殊な採用制度の中で発達してきた。

一方、インターンシップは学生の就業体験であり、内定者を対象とするプログラムではない。大学1年生から4年生までを対象として広く普及している。インターンシップは大学のカリキュラムの一環であり、または学生の自主的な就業体験として欧米諸国を始め多くの国で導入されている。

 

◆入社前研修の課題              

入社前研修をめぐる課題を5つに整理してみよう。  

第1に、入社前研修を実施していない企業にとって、何らかの研修を導入すべきか否かが最大の課題である。実施するメリットは、内定者期間中のモチベーション維持や不安解消、基礎知識の向上などがある。一方、デメリットは金銭的・非金銭的負担の増加である。実施しなければ負担は少ないが、デメリットが大きい。多くの企業が入社前研修をする中で、何もしないとなれば、内定者が「うちの会社は何もしてくれない」「面倒見が悪い」という評価をしたり、「もっと良い会社に就職できたのでないか」という意識を持ち、他社への就職活動を続けるという行動に走る可能性がある。入社前研修のメリットとデメリットをよく見極めて、導入を検討する必要がある。

第2の課題は、入社前研修を導入する場合の、目的、期間、入社前研修の位置づけ、効果的な研修内容をどのように決定するかである。それは、業種やそれぞれの企業の置かれた環境によって大きく異なる。

極端な例を示すと、業界トップクラスで学生からの人気が高く第一志望の入社先に選ばれるような企業では、入社前研修の位置づけは低い。入社後の新入社員教育体系を整備する方に重きをおき、コストがかかる入社前研修には力を入れない。研修内容としては、希望者に対して資格取得(語学、簿記検定など)を援助したり、内定者間の交流サイトに参加させる程度にとどまる。逆に、業界内での人気が低く内定者にとって第一志望ではなかったという企業には、内定者のモチベーション低下や迷いから内定を辞退されるリスクがある。そこで、囲い込みと知識・スキルの向上の両方の目的であらゆるプログラムを提供しようとする方向に動き、どのような研修をすれば効果的かが大きな課題となる。

第3の課題は、入社前研修を実施する場合、内定期間中のトラブルをどのように処理するかである。実際に入社前研修を巡っていろいろな問題が発生している。例えば、入社前研修の過程で、内定者に関する重大な問題が発覚したとしても、内定を取り消すとなればトラブルに発展するため、企業は難しい対処を迫られる。他にも、研修中の賃金、手当、交通費の支払いや事故に備えた保険などをどうするか、法律的に曖昧な部分が多々ある。内定者が入社前研修中に得た内部情報をインターネットなどで流出させてしまうリスクもある。さまざまなドラブルを未然に防ぐ事前対策、トラブルが発生した後の事後対策も大きな課題である。

第4にはグローバル化の中で直面する課題である。入社前研修は、長期の内定(内々定)期間が6か月から1年にも及ぶという特殊な採用制度の枠組みの中で存在する。現在、多くの企業が海外採用を進める中で入社前研修を実施するとなると、誰を対象にどのようなプログラムを組むかが大きな課題となる。日本の新卒採用制度における入社前研修をグローバルなレベルで展開させるか、日本国内でのみ実施し海外では実施しないというダブルスタンダードにするかも検討しなくてはならない。

第5に大学との関係をめぐる課題がある。入社前研修は、企業が実施に力を入れれば入れるほど、大学の授業や行事を侵食するという性格をもつ。学生の中には「内定期間中に資格を取らなければならないので、卒業研究にあてる時間がありません。」と言ってくる者も出てくる。大学側としても、内定が取り消しになったら困るので、あまり強い態度で「卒論優先」とは言いにくいという状況がある。結果として卒業研究や大学教育の質の低下を招くことになる。入社前研修と学業のバランスをどのようにとるかは、企業・大学・学生の三者にとって大きな課題である。            

 

◆企業の取り組みの方向性

入社前研修を導入・継続していくための今後の方向性について、3点ほど論じてみよう。

第1に、入社前研修の意義、内容および効果についてよく検証する必要がある。企業としては、とにかく何かしなければという思いから外部の研修機関に委託(お任せ)して、企業が研修の有効性、学生の負担や満足度などを十分に把握しないまま、内定者に非常に大きな負担を強いる研修が提供されているケースも見られる。入社前研修を実施する企業は単に外部にお任せするのではなく、各社の人的資源戦略にマッチするプログラムを自ら組んだ上で外部の機関を効果的に利用すべきであろう。

第2に、内定から入社前研修、入社後の新入社員研修に至るグローバルな視点での連携の強化が必要である。大企業になればなるほど役割が細分化され、内定、入社前研修、新入社員研修の連携が希薄になりやすい。研修内容の重複や漏れが多く発生すると、内定者・新入社員の満足度やモチベーションの低下、早期退職につながってしまう。入社前研修の段階からキャリア支援を整えて、内定から新入社員研修までを一連の教育研修プログラムとして、全体の整合性を高めることが重要である。

最後に、トップや経営幹部が入社前研修にどのようにコミットメントしていくかを検討する必要がある。企業の中で大事にしてほしい、認めてほしいという意識をもつ内定者にとって、すべて外部委託で会社が関与していない入社前研修の効果は低いものになる。やらされている感が強くなり、内定期間中のモチベーションの維持にはつながらないだろう。日本企業の強みは価値の共有やチームワークの良さである。トップや経営幹部が、入社前研修の段階で企業理念や方向性を直接伝える仕組みづくりをして、入社前研修を価値共有の場に活用してはどうだろうか。

内定期間中の人材マネジメントを、競争やチャレンジに備えたキャリア形成の準備期間(Career Preparedness)と位置付け、企業・大学・学生の三者それぞれにメリットがあるプログラムの開発を期待したい。

 

【参考文献】

薄上二郎 『人的資源戦略としての入社前研修-実施効果、グローバル展開、今後の進め方-』 中央経済社 2006年。

Salmela-Aro, Katariina and Pertti Mutanen (2012)  “Promoting career preparedness and intrinsic work-goal motivation: RCT intervention,” Journal of Vocational Behavior,Vol.80-1, pp. 67–75.

             

  

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