JAVADA情報マガジン7月号 フロントライン-キャリア開発の最前線-
◆2020年7月号◆
キャリアとオーラルヒストリー |
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1.海外オーラルヒストリー・センター調査をはじめた経緯本コラム最後の第4回で紹介するオーラルヒストリー調査は、海外オーラルヒストリー・センター調査の紹介です1。欧米諸国では多くのオーラルヒストリー・センターが設立され、口述資料の収集と管理、啓蒙・育成が積極的に行われています2。それに対して、日本ではオーラルヒストリーは注目されているものの、それを行う拠点は未発展な状況にあります。今後日本でオーラルヒストリーの拠点づくりを考えている人たちへの情報発信の提供を目的に、アメリカの代表的なオーラルヒストリー・センターが取り組む、①オーラルヒストリーのアーカイブ化(保存・公開)の取り組み状況と②オーラルヒストリーによるコレクション群の収集活動(以下「オーラルヒストリー・プロジェクト」と呼びます)の調査を行いました3。今回はその調査報告の概要を紹介したいと思います。
2.オーラルヒストリーのアーカイブ化(保存・公開)の取り組み状況~研究機能と教育機能を持つ大学のオーラルヒストリー・センター第1のオーラルヒストリーのアーカイブ化の取り組み状況については、全米で最も古いオーラルヒストリー・センターのThe Columbia University Center for Oral History(以下「CCOH」と呼びます)、同2番目のUniversity of California Berkeley, Regional Oral History Office(以下「ROHO」と呼びます)、同3番目のUniversity of California, Los Angeles Center for Oral History Research(以下「COHR」と呼びます)への調査結果を紹介します4。その概要を整理した表1をみてください。これら3センターはいずれもアメリカを代表する大学に併設しているオーラルヒストリー・センターで、第2次世界大戦後に設立されています。 3センターの主な業務分野はいずれもオーラルヒストリーの実施、保管と公開、そして教育の3分野です。つまり、オーラルヒストリー本来の「研究機能」に加えて、オーラルヒストリーの普及と裾野を拡げるために必要な人材を育成する「教育機能」の2つの機能を3センターは持っています。ただ、センターによって研究機能や教育機能に特徴の違いがみられます。 研究機能については、センターのスタッフの人数と活動資金です。CCOHとCOHRは少人数(CCOH:6人、COHR:5人)であるのに対して、ROHOは20人と大所帯です。ただ、そのうちの13名(CCOHは3人)は外部研究助成金で賄われている非常勤スタッフなので、大学に雇用されている常勤スタッフだけでみると5人前後の少人数となります。いかにして外部研究助成金を獲得するかという資金問題が世界的に有名大学でも抱えていることがわかりました。なお、COHRは州政府から予算が組まれており、安定した活動資金によってオーラルヒストリー調査を継続して行うことができますが、その一方で調査テーマは州政府の方針に沿って設定しなければならい制約があること、予算額は近年、減少傾向にあることという問題を抱えています。 教育機能については、大学・大学院教育の一環としてオーラルヒストリーの実習授業や地域住民などを対象にワークショップやセミナーを3センター共通して行っていることです。例えば、COHRは地域住民が自主的に自らの地域活動の一環として実施したオーラルヒストリー調査の指導を行っていました。さらにCCOHでは期間限定ですが世界で初めて1年間のオーラルヒストリーの修士課程が設置されています。 こうした長年にわたるオーラルヒストリー調査によって蓄積された3センターの所蔵コレクションは膨大でCCOHは8,000件以上、ROHOは約3,000名、COHRは約1,400名です。単位は「名」のCCOHとROHO、「件」のCOHRで異なりますが、一般にオーラルヒストリー調査を1人当たり1回だけではなく複数回行うこともありますので、CCOHのように人数ではなく「件」にするとROHOとCOHRはCCOHに並ぶコレクションになると思われます。 オーラルヒストリー調査によって得られた資料の保存は「音声」とそれを文字化した「トランスクリプト(テープ起こし)」が基本です。さらにROHOはITを活用した映像による保存も積極的に行っています。所蔵コレクションは製本した冊子だけではなくWebでも公開されています。
(出所)田口・梅崎(2012)、梅崎・田口(2012、2013)をもとに作成。
3.オーラルヒストリーによるコレクション群の収集活動第2のオーラルヒストリー・プロジェクト(オーラルヒストリーによるコレクション群の収集活動)を2つ紹介したいと思います5。1つは、ニューヨーク公立舞台芸術専門図書館(The New York Public Library for the Performing Arts)が実施したThe Oral History Project and Archive、もう1つはエリス島移民博物館(the Ellis Island Immigration Museum)が実施しているThe Ellis Island Oral History Projectです。 ニューヨーク公立舞台芸術専門図書館は、ニューヨーク公立図書館(the New York Public Library:NYPL)が所管する専門図書館群の1つで、1965年にNYPL本館にあった舞台芸術部門が独立してリンカーン・センター・プラザに設置された施設です。The Oral History Project and Archiveは、同図書館のダンス部門が1974年から進めている1980~90年代に拡大したHIV・エイズに感染したダンスに関わった人たちの証言記録を残すことを目的としたプロジェクトです。インタビューした人数は400人弱で、その範囲はダンス歴史学者、作家、統括責任者、テクニカル・アーティスト、振付師、ダンサーなど多岐にわたりました。インタビューの多くは1回ですが、なかには30回以上のインタビューを行った人もいました。インタビューによって収集された映像、音声、速記録などのコレクション群はプライバシー保護の観点からweb上に公開されず、目録だけが館内に公開されています。 エリス島移民博物館は、アメリカ移民の歴史を伝えるために1954年まで移民局(U.S. Citizenship and Immigration Services)をとして使用されていた建物を利用して1990年に開設された、観光名所で有名な自由の女神の近くにある施設です。The Ellis Island Oral History Project(以下「エリス島オーラルヒストリー・プロジェクト」)は1892~1954年にエリス島移民局から入国した移民とそこで働いた従業員の証言記録を残すことを目的とする1973年から実施されているプロジェクトです。これまでインタビューした人はアメリカ移民者、エリス島に勤務していた元公衆衛生局(United States Public Health Service)職員と元軍人、および第2次世界大戦中にエリス島に拘留された人などで延べ約2000名に及びます。インタビュー内容は、出生国での日常生活、家族の歴史、移住の理由、ニューヨークまでの移動、エリス島での移民審査、アメリカでの適応状況など幅広い内容です。毎年50名程度のオーラル調査が行われ、その口述記録はエリス島移民博物館内に併設されているオーラルヒストリー図書室に保管され、同施設でそのコレクションを閲覧できるほかweb上でも音声と速記録が公開されています。
4.アメリカのオーラルヒストリー・センター調査を通じて得られた知見アメリカのオーラルヒストリー・センター調査を通じて得られた知見はつぎの2点です。 第1に、大学に併設されているオーラルヒストリー・センターは、スタッフ体制、資料を保存する場所、ホームページでの情報発信、教育体制などが充実していることです。しかし、その一方で、オーラルヒストリー実施のための資金獲得には苦労していることがわかりました。大学側からの一定程度の資金協力があるものの、大学側からの資金には限界があり、外部研究助成金を獲得して活動資金を賄っていました。 第2に図書館・博物館は、史料を保存・整理するだけでなく、オーラルヒストリーの調査を実施していることです6。図書館・博物館という組織の中に調査を担うスタッフが所属している事例(例えば、ニューヨーク公立舞台芸術専門図書館)もあれば、組織的にはオーラルヒストリー・センターと別であるが、そのオーラルヒストリー・センターがその施設の中に設置されている事例(例えば、エリス島移民博物館)もありました。オーラルヒストリーを実施する研究者と作成された史料を保存整理する司書・アーキビストが緊密に連携していると言えよう。 このようにアメリカではオーラルヒストリーが大学での教育活動等を通して図書館・博物館、そして地域のコミュニティー等へとつながっていることがわかりました。
【参考文献】
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