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2020年5月号

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キャリアとオーラルヒストリー
第2回:私が参加したオーラルヒストリー調査(1)
 ~人事部OB・A氏オーラルヒストリー

高千穂大学 経営学部 教授
   田口 和雄 氏 《プロフィール

1.A氏オーラルヒストリーをはじめた経緯

本コラム第2回からは、私が参加したオーラルヒストリー調査を紹介していきたいと思います。今回紹介するA氏オーラルヒストリーは、大卒ホワイトカラーの昇格管理がどのように運用されていたのか、A氏が人事担当者として第一線で活躍していた1970年代~80年代前半の昇格管理の運用実態の聴き取りしたものです。

A氏オーラルヒストリー調査を始めたきっかけは、私が日本の大手企業を対象にした戦後の賃金制度の変遷を研究している中で、賃金制度と連携する、人事処遇制度の中核をなす社員格付け制度(職能資格制度など)の昇格管理、とりわけ大卒ホワイトカラーの昇格管理に携わった人事担当者等への意見や考えなどに関心を持ち始めたことでした。その理由はつぎの2つです。第1に大卒ホワイトカラーの昇格管理を研究テーマとした先行研究は少ないことに加え、それらは人事データをもとに計量分析によって明らかにされたものであり、その決定プロセスにおいてどのような議論が行われたのかが、つまり昇格管理の運用実態が分析されていないこと、第2に昇格管理の運用実態を明らかにするには、そこに関わった当事者あるいは関係者への聴き取り調査が必要不可欠であることです(その理由は後ほど説明します)。

このオーラルヒストリーの語り手であるA氏は、大手金属メーカー(以下「X社」と呼ぶことにします)に入社後、長年にわたって人事畑のキャリアを歩まれ、事業所の個別人事管理(昇格管理)を、本社では本社部門の個別人事管理にそれぞれ携わっていました。大卒ホワイトカラーの昇格管理の運用実態をみるうえで、A氏のキャリアは貴重でした。

 

2.ブラックボックスの人事評価プロセス~大卒ホワイトカラーの昇格管理研究の論点

昇格管理研究の分析視点の1つに人事評価があります。一般に会社は従業員に対して人事評価制度の仕組み(評価基準)を公開し、評価結果を従業員にフィードバックしていますが、その運用実態(最終評価の決定プロセス)はその業務に携わっている関係者(人事担当者等)しかわからない状況にあり、公開していないのでブラックボックスとなっています

大卒ホワイトカラーの昇格管理研究では、これまで人事評価の運用実態についてあまり多くのことが明らかにされていません。その理由は、評価結果は人事情報として記録されていますが(もちろんそれ自身も個人情報ですので社外に公開されませんが)、そもそも一般に運用実態である最終評価の決定プロセスを人事情報として記録に残されません。そこで、その運用実態を現役の人事担当者に聴き取り調査を行おうとしても守秘義務ですので、社内の従業員に口外しないことを外部に口外しません。それゆえ歴史研究の視点から退職された人事担当者に研究の意義の理解を得て、オーラルヒストリー調査によって過去に携わった昇格管理の運用実態の情報を引き出して蓄積していく努力が不可欠となります

また、人事評価の手続きは図1に示すように、一般に各事業所、職場などで行われる1次評価(直属上司が1次評価者)と2次評価(部門責任者が2次評価者)、そして本社の人事部が行う全体調整による最終評価を経て行われており、各評価に関わっている担当者間の相互作用(例えば、本社の人事部と2次評価者等)を分析することが大切です。オーラルヒストリー手法は、この点を分析するのに適している手法ですので、人事担当者のオーラルヒストリーの蓄積が進めば、研究テーマとして関心が高いものの、分析が難しい大卒ホワイトカラーの昇格管理研究の可能性が広がると考えています。

図1.人事評価の流れ

図1.人事評価の流れ

(出所)筆者作成。

こうした論点をもとにA氏へのオーラルヒストリー調査を行いました。まずX社の大卒ホワイトカラーの人事制度の概要、とくに昇格管理に関わる人事評価の仕組みと評価プロセスを、そしてA氏が人事担当者として第一線で活躍していた1970年代~80年代前半の一般社員と係長ポストの昇格管理の運用実態を伺いました。

 

3.A氏オーラルヒストリーから得た知見~大卒ホワイトカラーの昇格管理とキャリア制度との関係

A氏オーラルヒストリー調査で大卒ホワイトカラーの昇格管理の運用実態について多くの知見を得ることができました。その中から以下の3つを紹介したいと思います。

第1に、A氏が勤務していたX社では大卒ホワイトカラーに対して実質上のキャリア制度が採用されていたことです(「実質上」の意味については後ほど説明します)。キャリア制度とは採用時の試験により幹部候補生の選抜を行い、その他の従業員と比べて早いスピードで幹部に登用させる制度で、中央省庁の国家公務員等で採用されています。一般に民間企業でも採用の段階で幹部候補生の選抜を行う総合職採用が行われていますが、X社のように実質上のキャリア制度を採用している企業は少ないです。仕事内容の高度化、高学歴化の進展等を背景に大量の大卒者が採用されるようになり、労務構成に占める総合職比率が大きくなったため、早いスピードで幹部に登用させるキャリア制度を採用することが難くなったからです。しかし、X社は従業員規模に比べ、幹部候補生としての大卒ホワイトカラーの採用者数は少なく、労務構成に占める総合職比率が小さいため、キャリア制度に近い早いスピードでの幹部への登用を行う「実質上」のキャリア制度が採用されていました。X社の昇格管理は民間企業における一般的な総合職の昇格管理との対比の視点から、分析する際の1つの側面として重要な資料といえます

第2に、こうしたキャリア制度の下で行われているX社の人事評価の実施体制の全体像は図2のとおりです。X社には複数の事業所があり、各事業所には多くの部署が設けられていたので、人事部署は各事業所に設けられ、職場間の人事評価(2次評価)の調整を担当していました。こうした調整を踏まえた事業所評価(2次評価)をもとに各事業所の人事担当者によって行われる全体調整をA氏は「人事担当者間の哲学のぶつけ合い」と表現していました。すなわち、最終評価で昇格候補者の中から誰が昇格し、誰が残すか(昇格しないか)が決まることになります。そのため、全体調整で「会社としてどういう働きの人を評価するか」についての人事担当者の哲学がぶつかり合っていました。全体調整の話はオーラルヒストリー調査でなければ得られない貴重な知見でした。

図2.X社の人事評価の実施体制

図2.X社の人事評価の実施体制

(出所)A氏オーラルヒストリーを一部修正。

第3に、役職ポストと連動する資格等級の昇格管理は単に入社年次ごとに行われていたではなく、入社年次間の昇格管理にも左右されていたことです。例えば、X社では係長を単に責任と権限を持つ役職ポストだけではなく管理職としての育成ポストと位置づけ、大卒ホワイトカラーを全員係長に昇進させていました。先に述べたように役職ポストの数は組織上の制約を受けるため、昇格基準を満たしていれば昇格させていた一般社員の昇格管理とは異なり、係長ポストと連動する資格等級への昇格管理は慎重に行っていました。その理由は採用者数の多い年の入社組の昇格管理を悩ませ続けていたと同時に、採用者数を減らした年の入社組の昇格管理にもその影響、すなわち係長に昇進させる時期を遅らせないようにするかに知恵を絞っていたからです。

以上がA氏オーラルヒストリー調査の紹介です。次回は賃金制度をテーマにしたオーラルヒストリー調査について紹介していきたいと思います。

 

 


  • 昇進管理も含めた代表的な先行研究に今田幸子・平田周一(1995)『ホワイトカラーの昇進構造』日本労働研究機構、上原克仁(2007)『ホワイトカラーのキャリア形成』(財)社会経済生産性本部生産性労働情報センターがあります。
  • また、社外に公開していないので、他社の最終評価の決定プロセスがどのように行われているかわかりません。
  • 従業員一人ひとりの決定プロセスではなく、決定プロセスそのものがどのような手続きや議論がなされているかに焦点を当てています。この点については興味・関心を持ち、人事OBが現役時代、どのような昇格管理を運用していたかの記録を残してみたいと思う方がいましたら、ご連絡くださると幸いです。
  • しかしながら、民間企業における一般的な総合職の大卒ホワイトカラーの昇格管理の運用実態に関する研究の蓄積も皆無の状態であり、今後の研究課題となっています。

【参考文献】

  • 今田幸子・平田周一(1995)『ホワイトカラーの昇進構造』日本労働研究機構
  • 上原克仁(2007)『ホワイトカラーのキャリア形成』(財)社会経済生産性本部生産性労働情報センター

 

 

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