前回述べた仕事配分と技能形成過程といった側面に注目しながら、大手企業のホワイトカラーのキャリア形成の実態に関して、筆者は2007年から2008年にかけてヒアリング調査をおこなった。この調査結果の中から、あるメーカーの技術者のキャリアを例にとって、企業内キャリアの意味を吟味してみよう。
ホワイトカラーの中でも技術者を例にとるのには意味がある。技術系ホワイトカラーは、大卒・大学院卒理系が主であるのは周知の事実である。技術者は、仕事の性質上専攻分野の学習に相当の時間を費やしており、その知識は科学技術知識である以上、どの企業においても通用するという意味で汎用的・一般的なものであると考えられている。さらに、企業に入社してからの仕事においても、技術者は大学・大学院において獲得したその科学技術知識を活用できることが期待されており、そして仕事経験によって蓄積される知識・技能もこうした科学技術知識の応用によって獲得されるものだと考えれば、やはりどの企業でも通用しやすい汎用的・一般的な要素が相対的に大きいと普通は考えられる。
以上の意味において、技術者は、少なくとも大卒文系出身の営業・事務ホワイトカラーよりも、企業間を流動しうる可能性が高い職種であると考えても差し支えない。そうした企業間流動可能性が高いはずの技術者が、もし特定の企業に定着するという傾向を示すのであれば、なぜそのように定着するのか、定着する中でどういった技能が形成されているのか、すなわち企業内でキャリアが形成されることの意味はなにかを探るよい事例を提供することになりうるからである。
ここでとりあげる技術者は大手化学メーカーに属している。この企業は最近非常に売上を伸ばしている家電製品に用いられる化学部品などを製造している。開発技術者でもあった人事担当者及び開発現場の技術マネジャーにヒアリングをおこなった。
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