キャリアについて論じられることが多くなってきた。長年キャリア形成について研究してきた人間として、実に喜ばしいことではある。だが、膨大な「キャリア論」に囲まれた中で、タイトルのような問いを発するのはいかにも奇妙なことと思われるかもしれない。
実はこの問いは、必ずしも私自身のものではない。キャリアを学ぶものの必読文献「キャリア・ダイナミクス」(注1)の著者であり、「キャリア・アンカー」などの概念でも有名な代表的なキャリア研究者の一人であるエドガー・H・シャインが、ある小さな論文(注2)でキャリア研究の反省を行っている。そこで彼は、心理学、社会学にとどまらず、多くのキャリア研究分野で追究が欠けている問題として、(A)現場では、実際にどのように仕事が遂行されているのか、(B)マネジャーやプロフェッショナルのそれに代表されるような複雑な仕事に、具体的にどのような「技能」が要求されるのか、の二つの問題をあげている。それらがキャリア研究者はわかっていないというのである。キャリア研究の現状に対するきわめて率直な反省である。
上のシャインの問いは、一見キャリアとは関係ないと思われるかもしれない。しかし、キャリアが仕事経験の蓄積である以上、ある仕事でどのような技能や知識が必要とされるのか、そしてその技能や知識を使ってどのようにその仕事が遂行されるのかを知らなければ、そうした複数の仕事経験の連鎖としてのキャリアの内実が何であるのかは、なおさらのことわからないのではないか。それがわからなければ、たとえば心理学、経営学のキャリア研究ではしばしば議論となる誰を採用もしくは選抜するか(Selection論)、リーダーはどのような指揮をすべきか(Leadership論)といった問いなどにも、深みをもって答えることができないとシャインは論じるのである。
|