はじめに
社会言語学において有名な「サピア=ウォーフの仮説」がある。これは、「言語はその話し手の世界観に影響を与え、あるいはさらに支配さえもすることによって、その社会を左右することがある」というものである。たとえば英語には雪(snow)を表す単語は一つしか無いが、エスキモー(イヌイット)語には多数存在する。生活において重要な事象に関しては、細かな差異を区別することが必要な例である。さて、「短時間正社員」という言葉を我々が聞いた時に感じる一種不思議な感覚は何であろうか。それは「短時間」働く(しか働かない)にもかかわらず「パートタイム(あるいはパートタイマー)」という言葉を用いない違和感であるが、この理由は明快である。次の「正社員」とはパートタイマーのような「非正規社員」の対置概念であるため、あえて「短時間」という単語を組合せざるを得ないのである。
冒頭から読者を混乱させてしまったかもしれないが、従来の「正社員」とは「フルタイム勤務」が当然であり、もっと言えば仕事を優先する「会社人間(仕事人間)」と同義語でもあった。その正社員が短時間勤務をする・・・、この新奇さが我々を混乱させるのである。しかしながらサピア=ウォーフの仮説に従えば、現代社会は今まで必要としなかった新たな働き方を求めていることに他ならない。「短時間正社員制度」とは「正社員 vs 非正規社員」、「フルタイム勤務 vs パートタイム勤務」、「仕事重視 vs 生活重視」といった従来の二項対立を融合し、新たな社会を構築する大きな可能性を秘めている。
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