1.インセンティブ制度の変化と人事権のライン分権化
前回は、日本企業が自律的キャリア開発を推進する理由を、90年代以降の日本型組織モード(分権的情報システムと集中的人事管理の結合)の変化から説明しました。しかし、別の説明の仕方もあります。それはエキスパート人材を対象としたインセンティブ制度の変更とその帰結としての人事権のライン分権化という変化から派生します。
近年、伝統的な日本企業で採用されていた能力主義のインセンティブ制度(職能資格制度)が、職務主義(職務・役割等級制度)に取って代わるようになってきました。その理由は、第1に、エキスパート人材の専門能力の汎用性と市場性ゆえに、その能力評価を市場と連結する必要があったからです。つまり、標準化されたエキスパート技能の発展は、同様の仕事類を括りだし、労働市場における技能の標準化された評価基準の発展を促す。さらに、もし専門化された技能に対する発展した労働市場が存在するならば、個人はより良い機会を見つけて転職することができ、組織の統合性と管理職の権威は脅威にさらされる。したがって、組織内における権威構造は、ライン管理職への人事権(たとえば採用、配置転換、昇進、解雇の決定)の付与によって確立される必要があった。
第2に、エキスパート人材の役割の軽重の測定は、職階など従来の組織内の序列付けではうまく機能しない。エキスパート人材を序列付けるには、『市場での成果』→『期待される成果』→『役割』→『役割の序列』という翻訳のステップを踏む必要があった。
そして、このようなインセンティブ制度の職務主義化は、人事権の所在を人事部からライン管理職へ委譲するように作用した。
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