JAVADA情報マガジン4月号 フロントライン-キャリア開発の最前線-
◆2020年4月号◆
キャリアとオーラルヒストリー |
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1.コラムのねらい~歴史の視点からキャリアをみるこのコラムの執筆者はキャリアコンサルタント、産業カウンセラー、企業等の能力開発担当者など、キャリア支援の第一線で活躍されている方々で、キャリア支援の実践事例や見解・提言などを提供しています。私は歴史の視点からキャリアを含めた人事労務管理、労働分野を研究(単に「労働史」と呼ぶことにします)しているので、今回は歴史研究の視点からキャリアを考えてみたいと思います。 歴史研究において必要なのは、研究対象に関する資料を集めることです。例えば、企業のキャリア支援施策の変遷を研究テーマにした場合、現在のキャリア支援施策に関する資料だけではなく、過去の資料も集める必要があります。資料には施策の内容のほかに新たに導入、見直された場合には、その背景・目的などが記載されています。 しかし、その記述は簡潔に要点だけとどまっている場合が多く、導入・見直されるまでの議論などの深い部分をうかがい知ること(つまり、行間を読むこと)が難しいです。 そこで、当時のキャリア支援に携わっていた人たちに話を伺う「オーラルヒストリー」によってその行間を埋める作業をしています。
2.オーラルヒストリーとは?(1)~「語り手」からみた特徴「オーラルヒストリー」という言葉を耳にした方は少ないと思います。オーラルヒストリーとは、インタビュー対象者(語り手)の経験についての語りを記録し、それを他の人たちも利用できるような形に整理し、公開する研究手法です1。このオーラルヒストリーは古くて新しい手法なのですが、「古くて」という意味はオーラルヒストリーという言葉が研究者の間で普及する前から「証言記録」「口述記録」「聞き取り」「聞き書き」などの呼び名で語り手の経験が記録されていたからです。また、この手法は労働史をはじめとして、政治学、経営史、民俗学、民衆史、社会学など多岐にわたる学問分野で利用されています。こうしたオーラルヒストリーの特性について、「誰に」語ってもらうのか(語り手)と「何を」語ってもらうのか(語る内容)の面からみていきたいと思います。 まず語り手からみたオーラルヒストリーには、「エリート・オーラルヒストリー」と「マイノリティー・オーラルヒストリー」の2つのタイプがあります2。両者の概要を整理した表1をみてください。前者のエリート・オーラルヒストリーの語り手は社会的な影響力を持つ人たち、いわゆる「エリート」と呼ばれる人たちで、政治学、経営史などの学問分野で用いられています。政治学では「政治家」が、経営史では「経営者」が主な語り手となります。後者のマイノリティー・オーラルヒストリーの語り手は社会を構成する「大衆・市民」であり、人類学、民俗学、社会学などの学問分野で用いられています。 それでは労働史では、エリート・オーラルヒストリー、マイノリティー・オーラルヒストリーのどちらが用いられているのでしょうか。それは両方です。労働史におけるエリート・オーラルヒストリーの語り手は労働に関して社会的な影響力を持つ経営者、人事労務担当者、労働組合リーダー、人事コンサルタント、厚生労働官僚など、マイノリティー・オーラルヒストリーのそれは企業や労働組合に所属する従業員や組合員です。 このように2つのタイプのオーラルヒストリーが用いられるのが他に学問分野と比べた労働史の特徴です。 表1.語り手からみたオーラルヒストリーのタイプ
(出所)南雲(2019)をもとに作成。
3.オーラルヒストリーとは?(2)~「語る内容」からみた特徴つぎに語る内容からみたオーラルヒストリーについては、3つのアプローチが指摘されています3。その概要を整理した表2をみてください。 第1のアプローチは個人史アプローチです。このアプローチは、人事労務担当役員、労働組合リーダーといった特定の社会集団、社会階層(例えば、企業・会社、労働組合など)を代表する、あるいは社会的な影響力が強いと考えられる人物(個人)〔例えば、人事労務担当役員、労働組合リーダーなど〕に集中的な聞き取りを行う方法です。 第2のアプローチはイベントアプローチです。労働争議、法制化、政策的提言、リストラなど、一定の時間的まとまりの中で特定の出来事が社会的に構成されるプロセスを明らかにする方法です。このアプローチは社会的事実がどのように生じたかだけではなく、この出来事に関わった人たちがどのような経験をし、それをどう評価しているかという点が重要になります。 第3のアプローチは構造アプローチです。組織、職場、労働コミュニティーなどの日常的なあり方やその変化を特定の時期や時間的流れの中で捉える方法です。例えば、高度成長期における設備投資、新技術の導入などによる製造現場の熟練解体とそれに基づいた職場秩序の変化です。 表2.語る内容からみたオーラルヒストリーの方法
(出所)山下(2015)をもとに作成。
4.オーラルヒストリーとの出会いさて、こうしたオーラルヒストリーとの出会いは、2011年に法政大学で開始された「戦後労働史におけるオーラルヒストリー・アーカイブ化の基礎的研究」プロジェクトへの参加です。この研究プロジェクトは4年間行われ、私は電機産業のオーラルヒストリーと海外オーラルヒストリー・センターの調査に参加しました。電機産業オーラルヒストリーでは、産別組織の賃金政策の専従プロパーと大手電機メーカー労働組合出身の元書記長にインタビューを実施しました。当時、私は大手電機メーカーを題材にした賃金制度の戦後史をテーマに資料をもとに研究を進めていました。一般に企業における現行の賃金制度は、幾多の改定を踏まえて現在に至っています。賃金制度の改定時に焦点を当てて、当時の企業を取り巻く経営環境の下でどのようなねらいで制度改定が行われたのかを調べていました。資料は労使交渉を経て改定された結果としての賃金制度に関する情報が記載されていますが、労使交渉ではどのような話し合いが行われ、またその際にはどのような論点、対立点がみられたのかなどの交渉プロセスに関する情報が記載されていません。それらは当時の企業を取り巻く経営環境の影響を受けます。 この経営環境には当時の時代背景の下での世相・情景などを含まれ、現在とは違います。もちろん、他の文献・資料などから当時の経営環境の状況がある程度はわかりますが、それらに書かれていない肌感覚などの深みまで読み取ることが難しいです。この点は研究を進めていく上で重要なポイントとなり、オーラルヒストリーによって把握することができました。 つぎに、海外オーラルヒストリー・センター調査では、アメリカの代表的なオーラルヒストリー・センターに訪問し、資料のアーカイブ化(保存・公開)についてのインタビュー調査を行いました(この実施概要は次回以降のコラムで紹介します)。欧米諸国では多くのオーラルヒストリー・センターが設立され、口述資料の収集と管理、啓蒙・育成が積極的に行われています。それに対し、日本ではオーラルヒストリーは注目されているものの、それらを行う拠点組織は未発展です。そこで、今後日本でオーラルヒストリーの拠点づくりを考えている人たちへの情報発信を目的に提供をアメリカのオーラルヒストリー・センターの調査を実施しました。 こうした研究プロジェクトの他に、私は研究助成を受けてオーラルヒストリーを続けています4。次回から私が参加したオーラルヒストリー調査についてご紹介していきたいと思います。
【参考文献】
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