キャリア形成推進マガジン
キャリアに関する研究者からの提言 【キャリア・ナウ】

2009年5月10日配信
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「短時間正社員」という働き方(3)
【2】
学習院大学 経済学部 特別客員教授 木谷 宏
 さいごに:今なぜ短時間正社員なのか

 4月10日に発売された「ハーバード・ビジネス・レビュー5月号」の特集は、「不況期の戦略」である。昨年9月に端を発した世界同時不況は、アメリカのみならず安定基調であったEUや躍進目覚ましいBRICs諸国にもその影を落としている。日本も例外ではなく、世界銀行によると2009年度の経済成長率は▲5.3%とも言われている。しかしながら国民の大半はWBCのような「世界における経済競争」に勝つことが目的などとは思っていないはずである。普通の人々が求めるのは、1)働きたいと思えば働くことが出来る社会、2)衣食が足りた安全な社会、3)安心して家族を作ることが出来る社会、に他ならない。今日の問題は、このいずれもが困難になりつつあることなのである。

 第一回目のサピアウォーフの仮説に戻ろう。「不況」という言葉は「好況」の対置概念であり、全体の景気の状況を表す単語が他に見当たらないことを考えると、景気には好況と不況しかない(「普通」という好況もしくは不況の前段階はあろうが...)。もっと言えば、景気とは暗黙の内に好況と不況を繰り返す、循環するものとされている。だからこそ、冒頭の雑誌のように、「この不況を頑張って耐え凌ごう。またいつか景気は持ち直すのだから。そのためにはこういった戦略が必要だ。」という論調になるのである。はたして本当であろうか。筆者はすでに戦後60年以上続いた「経済成長モデル」は終焉を迎えたと考える。金融資本主義あるいは株主資本主義の限界と言い換えてもよい。モノの豊かさが最優先され、大量生産と大量消費、さらにはマスメディアによる飽くなき需要の喚起を通じた果てしない経済成長...。今、私たちが手に入れたものは一体何であろうか。

 未曾有の金融危機、相次ぐ企業不祥事、遅々とした環境対策...。金融資本主義・株主資本主義の限界が露呈し始めた今日、筆者はワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)こそが社会を変革する鍵ではないかと秘かに期待している。景気後退だからワーク・ライフ・バランスどころじゃないと考える経営者もいるだろう。実は逆である。業績が悪く将来の見通しが立たないのであれば、なすべきことは正社員の解雇でも、非正規社員の雇い止でも、内定の取り消しでもない。苦しい今こそ、賃金の弾力性を目一杯に効かせて全従業員の月例給と賞与を大幅に削減し、短時間制社員制度を活用したワーク・シェアリングを導入する。そしてワーク ・ライフ ・バランスの推進を通じて、金銭を時間という報酬で代替しながら捲土重来を期す...。企業を社会的な存在であると考える経営者にのみ、この決断が可能であろう。

 昨今、ワーク・ライフ・バランス施策を従業員に対する報酬と捉える議論も始まっている。ワーク・ライフ・バランスを多様な視点から検討する傾向は大歓迎であるが、ワーク・ライフ・バランス自体は決して報酬ではなく、実は「時間」が金銭、ポストに次ぐ「第三の報酬」なのである。ワーク・ライフ・バランスは時間という報酬を与えるための重要な施策に過ぎない。「短時間正社員制度」とは正に時間という報酬を重視する人々への究極の制度と言えよう。

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