・アイデンティティの修正
彼が気づいたこと、それはカウンセリングを学び始めた者であれば当たり前のことであった。すなわちリストラで外に出ざるを得なくなった研究者の「感情」への感受性を持ち、共感をもって関わることである。
この話には続きがある。人事からのフィードバックに対し、A氏は事態の収拾はわれわれが責任をもってはかるので継続して担当させてほしい旨を伝え、了承を得た。彼は研究者たちへの2度目のガイダンスの際に、真摯に彼の考えを表明し、担当していた人たちと面談し、納得を得たうえで事を進めて行った。事態は事なきを得、多くの研究者が新天地に転職していった。この経験の後、A氏は、仕事へのスタンスが180度変わってしまったという。それは、彼が熟練の失敗に気づくだけでなく、ビジネス寄りのアイデンティティを修正し、新たにキャリア支援プロフェッショナルとしてのアイデンティティを獲得する契機でもあった。
最後に、A氏が語ったそのときの体験を振り返ったコメントで本稿を締めくくりたい。
「私たちの仕事というのはお客様に転職してもらって成り立つビジネスです。一方、お客様の人生の転機に関わる仕事でもあり、そこはカウンセリングを学ぶことで(ビジネスとの)バランスをとり、より良い仕事を心がけてきたつもりです。(略) 自分のやり方でうまくいっていたときは気に留めることがなかったのですが、あの事件(重複紹介)で、自分は、面談を行っている時だけカウンセラーのごとく接していたのに気づいたのです。それは面談の技法でしかないんです。私たちのような仕事は、すべての過程において、ほんの少しでもいいからカウンセリング・マインドを忘れないことがいい仕事の最低限の条件なのです。ビジネスとしての成功はもちろん大事ですし、会社のなかでもいろいろあります。でも、私のなかではお客様に最高のキャリアを歩むきっかけをつくること、ご支援することが自分の本当の使命だと思うようになりました。」 |