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2004年12月10日配信
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先を見て今を生きるキャリア計画
カウンセリング心理学者、東京成徳大学 教授   國分 康孝   《プロフィール》
 あるキャリア・コンサルタントがこんな話をしてくれた。求職中の元部長に「ところでこれからどんな人生を歩みたいのか」ときいたところ、答えに窮してこう語ったという。
 「今まで会社のことばかり考えて生きてきた。自分個人の人生を考えたことがなかった」と。
 「これからどういう人生を歩みたいのか」との問は、私のことばで言い換えるとこうなる。「将来の展望あるいは願望を意識しないと、今どうすればよいかの判断がつかない」と。
 私にはこういう体験がある。昭和20年夏の終戦時にかなりの混乱があった。自決した人、徹底抗戦を叫ぶ人、逃げるように帰郷する人。当時14歳の私はとりあえず母の疎開先、鹿児島に戻る準備をしていた。そのとき21歳の見習士官がこう訓辞した。
 「今でこそ日本は混乱している。しかし、あと9年すれば元の日本に戻る。その時に大事なことは学問だ。俺はこれから大学に戻る。君たちも東京にとどまって学問をせよ!」と。
 先を見て今を生きるすべを考える。これが児童生徒から青年・壮年を経て高年に至るまでのすべての人の発達課題である。キャリア教育では「どうすれば先を見てキャリアを考えるようになるか」という方法を開発しなければならない。私は片野智治(跡見学園女子大学教授)の研究と実践に示唆を得て、キャリア教育に構成的グループエンカウンターの手法の導入を提唱したい。
 おとなでも子どもでも先が見えるときには今ここでの生活に次の二つの利点が生じる。
 ひとつは困難に耐える力(フラストレーション・トレランス)が育つことである。
たとえば子どもの場合には学業成績があがる。おとなの場合は、不遇の中にあっても「満を持して放たず」「捲土重来を期す」といった気概が出てくる。将来のイメージが描けないと今の苦境に巻き込まれがちである。つまり意気消沈する。
 先が見えることの利点の第二は、今どうすることが自分の人生のたしになるかの判断ができることである。すなわち、意識性と責任性をもって人生選択ができる。「心ならずも・・・」「意に反して・・・」「つきあいで・・・」といった後悔の少ない人生が展開しやすい。
  しかし、このような後悔がないとしても、キャリア形成の途中で倒産・家族の介護・事故などで予期しない苦境に陥ることもある。
 こういう場合はキャリア・コンサルテーションの内容を吟味する必要がある。通常、キャリア・コンサルテーションは
 (1)choosing(人生コースの選択)
 (2)adjusting(選択した人生コースになじむ)
のための支援を主たる内容とする。(2)の不遇・苦境にどう対応するかの支援は心理カウンセリング、教育カウンセリング、ケースワークなどの知識と技法を要するように思われる。たとえば、リフレーミング(観点を変えてみる)、ソーシャルスキルなど。

 キャリア・コンサルタントが考えておくべき最後の必要事項は、自分のことばでキャリアの定義を語れることである。私は交流分析の各論「時間の構造化」に示唆を得てこう考えている。
 キャリア計画とは「人生時間の使い方の計画のことである」と。それゆえ老人クラブの常連になるのも、家族の介護に専念するのも、休職して大学院に通うのもキャリアである。ただし、ひとつだけ条件がある。時間の使い方にひとつのプリンシプル(例 ライフワーク、アンカー)があることである。そうでなければ気まぐれ人生になる。気まぐれ人生はキャリアではない。ではこのプリンシプルはどこに由来するか。それは各自のアイデンティティである。
 たとえば私はナースである、私はクリスチャンである、私は長男であるというアイデンティティの自覚が一貫性のある人生コース(キャリア)を選ばせるのである。
 アイデンティティの自覚の育成はキャリア教育であり、これは教育カウンセラーやキャリア・コンサルタントの仕事である。

☆ 國分先生には、次号についてもご執筆をお願いしています。 ☆
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