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◆ 2004年9月10日配信 ◆ |
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| そろそろメッセージを変えよう |
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| 人事が、混乱しているのではないかと思うことがある。一方で、成果主義やリストラなど、人材マネジメントにおいて、成果、効率、コストダウンを推進し、また、一方で、リーダー育成やチャレンジ異動などで、夢とやる気とバイタリティをもった社員を探している。働く側からみるとどちらを信じてよいのかわからない。 人事というのは、メッセージである。今、会社がどういう時期にあり、どういう人材を求め、また働く人に何をしてほしいのか。人事制度とその運用は、極めて強いメッセージを出す。社長が、自分のホームページや社内報で、どんなに「この会社は、ビジョンをもった、リスクを志向する人を求めている」と挨拶しても、働く人は人事制度改革の裏にあるメッセージを深読みする。そしてそれを信じる。 例えば、誰のボーナスが多くて、誰が昇進して、誰が良いポストに動いていくのか。働く人はこうしたことを極めて丁寧に見るし、またその意味を解釈する。昔からそうだが、今は、これに、「リーダー育成プログラムに誰が選抜されたか」が加わるぐらいだろうか。 なかでもここ5年ぐらいの重要なメッセージは、人材育成とか、人材開発の重要性低下である。まず、多くの企業で人材開発部門や人材育成部門が縮小され、さらに人事部から切り離され、子会社になった。その結果、人事部のエースは、研修子会社には出向しない。どんなに、会社が、人材育成を強調しても、働く人からみて、人材育成が重要だと会社が本気で信じているようには思えない。 人材育成に比べて、これまで強かったのは、成果、生産性、コストダウンなどを重要だとするメッセージである。成果主義的な評価や賃金制度の導入、正社員の非正規社員による代替、繰り返される早期退職者の募集など、本社の人事部が導入する新人事制度や改革のメッセージは厳しい。バブル経済の崩壊以降、人事制度改革が発してきた共通したメッセージは厳しさである。成果に関する自己責任である。そのこと自体が悪いとは言わない。会社の状態が悪いときには、当然のメッセージだ。 でも、そうした厳しさのなかで、チャレンジとか、リスク志向とか、企業にとって、重要な従業員の特性が失われてしまった。成果主義を導入して、成果の評価をきちんとして、大きな成果に、大きな報酬を与えるだけで、それがそのままチャレンジやリスクテークに結びつくと思うのは、あまりにも単純な発想である。 当然のことだが、リスク志向と評価の厳しさは、微妙なバランスである。あまりに厳しい評価は、リスクをと(って、失敗する可能性を高め)ることを妨げるし、また逆に評価を甘くしすぎると、これもチャンレジには結びつかない。チャレンジとは、リスク(つまり、失敗)を厭(いと)わないメンタリティと、報酬の期待との微妙なバランスの上に成り立つ重要な「経営資源」なのである。 成果主義が、もともと期待されたように、高いチャレンジに結びつくには、大きく考えて2つの要因がある。ひとつは、よく言われているように、一回の失敗が、最後通牒にならないようにすることである。いうなれば、敗者復活である。チャンレジして失敗するとキャリアの終わりでは、誰もチャレンジしなくなる。シリコンバレーで、成功したベンチャー企業家は、何度も失敗した結果、腕を磨いて、最後には成功した人が多いという。このレッスンを学ぼう。 そして、第2の要因が人材育成である。シリコンバレーの場合は、会社による育成を通して、成功確率をたかめることはできないが、企業であれば、それができる。人材育成の出番は多い。 でも、ここでもシリコンバレーのレッスンは重要である。人は、失敗を通じて最も多くを学ぶのである。「計画された失敗」を提供できるのは人材育成部門だけだ。子会社になっていて、本社や事業部門での、人材の異動から切り離されている研修部門にはこれはできない。 そろそろメッセージを変えよう。多くの企業が冬の時代を抜け始めている。厳しさ一辺倒のメッセージはもう必要ない。とは言え、終身雇用時代の安定と安心に戻ることはできない。それは明らかである。そのために、成果主義(成果を厳しく問うこと)と、敗者復活(何回か失敗を許すこと)、そして人材育成(経験の束を提供すること)がセットになる必要がある。 |
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