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2004年8月10日配信
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組織を動かす
職業心理学研究者、元筑波大学教授   木村 周   《プロフィール》
 「キャリア・コンサルティングの必要性ややり方はよくわかるが、会社がその気にならなければどうにもならない」、「企業経営が唯一の目標である会社を動かすのは、もともと無理な話だ」ということをよく聴く。
 経営や企業環境の困難な状況のなかで努力されているキャリア・コンサルタントの方々のお気持ちは痛いほどわかるが、私は「個人と組織の両方を動かし、組織に貢献することも含めてキャリア・コンサルティングです」と答えることとしている。

1.キャリア・コンサルティングの個人と組織への貢献
 キャリア・コンサルティングとは、「労働者が、その適性や職業経験等に応じて自ら職業設計を行い、これに即した職業選択や職業訓練等の能力開発を効果的に行うことが出来るよう、労働者の希望に応じて実施される相談をいう」と定義されている。これを見るとコンサルタントが、労働者個人に対して行う相談等がキャリア・コンサルティングのようにみえる。また、キャリア・コンサルタントの能力を規定した「試験に係る能力基準項目」でも、「個人と組織の共生関係をつくることを理解している」という部分を除いて「組織」という言葉は出てこない。

 しかし、そもそも職場におけるカウンセリング、特にキャリア・カウンセリングには、それが単に従業員個人のキャリア開発に役立つだけでなく、同時に組織にも影響を与え、それが適切に行われれば、従業員個人のキャリア開発を通じて組織に貢献するという側面が組み込まれている。具体的には、キャリア・コンサルティングを行うことによって、個人は自分の職務を適切に行えるようになり、一方、それが結果として組織目標の達成に繋がる。個人の適応能力の体得は、組織側から見れば従業員個人が組織に適応することである。また、個人がキャリア形成に積極的になることは、組織にとっては、一人ひとりの従業員が各自の職務役割を果たし、組織全体として成果を上げることになる。一人ひとりの従業員が自分自身を知り、自分の居場所を得れば、組織全体として合理的、生産的な組織体制を維持することができる。「従業員自律、企業支援型」の人材育成を行うことによって、個人のエンプロイヤビリティーを高めようとする最近の企業の対応には、以上のような、キャリア・コンサルティングの「個人と組織への貢献」が前提となっていると私は考える。

 この点から、キャリア・コンサルタントには「個人と組織の共生」の立場に立った「組織への働きかけ」を行う組織コンサルタント、ファシリテーター、仲介者、さらには未来への先導者の役割が求められている。これは、従来考えられていたいわゆるカウンセラーの役割を遙かに越えた知識、能力と責任が必要になる。大きな課題の一つである。

2.キャリア・コンサルタントの「快適職場づくり」への参加
 キャリア・コンサルティングの組織への働きかけは、人的資源管理(HRM)、従業員援助プログラム、キャリア開発システムなど広範囲にわたり、コンサルタントがそれにかかわるためには組織課題解決のための基本的知識、スキル、プログラム策定、ケース・スタディーなど身につけなければならない知識、スキル等も多く、組織への働きかけを今直ちに一人でできるコンサルタント(いわゆる指導者レベル)も多くはないと思われる。

 しかし、現在のコンサルタントの方々は、大部分の方がカウンセラー、人事担当者、教育担当者、コンサルタントなどとして、何らかの意味で組織とかかわっているか、かつてかかわってきた方が多い。そこで、私はキャリア・コンサルタントの「組織への働きかけ」として、当面労働安全衛生法に基づく「快適職場づくり」への参加やかかわりを期待したい。キャリア・コンサルティングというと、とかく就職支援、能力開発だけで、働く人のメンタルヘルス、労働衛生と無縁のように考える傾向を是正するためにも、いまこのことが必要だと私は日頃考えている。

 「快適職場づくり」は、平成4年労働安全衛生法の改正により開始された「労働者にとって快適な職場」をつくる事業主の措置である。指針の公表、推進センターの設置、事業所における計画の策定などが進んでいる。現在のところ重点は、作業環境(視覚、温熱、空気、音、作業空間など)の改善、作業方法、疲労回復のための施設・設備の維持管理など、快適職場のハード面に重点が置かれている。

3.労働者にとって快適な職場とは
 作業環境のハード面さえ快適なら従業員にとって快適職場といえるか。必ずしもそうとは言えない。色彩、レイアウト、音響などすばらしいオフィスでも、そこでやっているコンピューターの仕事そのものがいやでいやでしょうがない従業員にとって、その職場は快適とは言えない。職場の快適性には個人の適性、能力、人間関係、仕事の内容などソフト要因が大きく関係する。ソフト要因のなかで「この職場は、自分のキャリア形成に役立っているか」というキャリア要因が大きいことが明らかになっている。キャリア・コンサルタントはこの側面から「快適職場づくり」に参加し、組織を動かし、結果として組織に貢献してもらいたいと私は思っている。

 そもそも世界保健機構(WHO)は、その憲章のなかで「健康とは、身体的・精神的かつ社会的に完全に良好な状態にあることであり、ただ単に疾病または虚弱でないことをいうのではない」とし、国際労働機関(ILO)も労働衛生とは、結局は「人間の仕事への適応と仕事の人間への適応である」といっている。

 それでは快適職場のソフト要因は何か、いろいろな見方はあるが、私たちは永年の研究結果からキャリア形成・人材育成、人間関係、仕事の裁量性、処遇、社会とのつながり、休暇・福利厚生、労働負荷の7領域だと考え、職場の快適度を測定するチェックリストを開発している(中央労働災害防止協会・中央快適職場推進センター)。

 キャリア・コンサルタントは、労働者個人のキャリア形成支援をするばかりではなく、職場をその労働者にとって快適にすることによって、結果として個人のキャリア形成に貢献するという側面にもっと注目したいものである。
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