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2005年3月10日配信
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教育訓練に求められる「教育と訓練と雇用」の融合化
学習院大学 経済学部 教授   今野 浩一郎   《プロフィール》
 前回は企業の人材育成策について触れたので、今回は、政府の政策を含めた日本全体の教育訓練の在り方について考えてみたい。

復活する欧米の養成工制度の意味
  最近のことであるが、教育訓練政策について欧米諸国と日本を比較研究する機会を得た。そこで新たに知ったこと、感じたことが幾つかあり、それらは我が国の教育訓練政策を考える上で役に立つと考えている。
 欧米特に欧州では、伝統的に若年労働者を養成する方法として養成工制度(アプレンティス制度)を重視してきた。これは2~3年にわたり、学校での理論教育と企業での実務研修を組み合わせた方法であり、我が国ではドイツのデュアル・システムが有名であるが、イギリスでもフランスでも同様の制度がある。
 この養成制度は長い間、産業や技術の速い変化に適応できない等の理由から停滞気味に推移してきたが、興味深いことには、1990年代に入り新たな発展の段階に入ってきたようにみえる。我が国より一歩も二歩も前に若年者の失業問題に苦しんできた欧州諸国は、特に1980年代以降に、若年者のための訓練政策の改革を模索し、そのなかで養成工制度の再生が図られたのではないかと考えられる。
 この養成工制度は、学校卒業後の若者を大量に訓練の場に吸収するので、強力な若年雇用対策の一つになっているが、それと同時に、「仕事に使える能力」を重視する最近の教育訓練政策の延長線上にある。1980年代に厳しい経済状況を経験した欧米諸国は、経済発展の基盤は人材であり、厳しい経済状況に陥ったのは人材開発に問題があったからなのではないのかと考え、教育訓練政策の再構成を進めた。その時に問題にされたのが、これまでの教育訓練が余りに「仕事に使える能力」から離れた能力を養成してきたのではないかという点である。それに加えて、経済のグローバル化が進むなかで、市場は変化が早く、高度化している。また、技術の変化も急である。それに対応できる人材を産業、企業に供給するには、「仕事に使える能力」に視点をおく教育訓練が必要であるという点も重視された。
 こうしたことを背景にして、「雇用の場で人材を育成する」という教育訓練方法が注目され、養成工制度の再生が進んだのである。大学などでは長期のインターンシップが普通に行われているが、それも同じ方向を目指した動きである。
  欧米先進国における注目される教育訓練政策の変化の一つは、この「訓練と雇用の融合化」である。

継続訓練の社会的な仕組み
 欧米諸国をみて気が付いたもう一つの点は、労働者が継続訓練を受ける社会的な仕組みについてである。継続訓練には社内訓練と社外訓練があるが、ここで問題にしたいのは社外訓練である。
 イギリスに代表されているように、各国とも教育訓練の民営化を進めていることは知られている。しかし重要な点は、たとえ教育訓練機関の民営化を進めても、そこには大量の公的資金が投下されていること、つまり人材は社会の公共的な資源であり、政府はその開発に責任を負わねばならないという考え方が維持されていることである。そうした点からみると、前回に紹介したように、我が国は欧米先進国に比べると、政府が小さな責任しか持たない国である。我が国の教育訓練政策を考えるうえで、忘れてならない点である。
 もう一つは、アメリカやイギリスのアングロサクソン系の国で典型的にみられるが、継続訓練を担う主要な機関が学校教育機関であるということである。アメリカであればコミュニティー・カレッジが、イギリスであればテクニカル・カレッジがそれに当たる。それに加えて、学校教育で得る資格と職業訓練で得る資格の統一化を図ろうとする動きがみられ、イギリスの国家資格体系であるNVQ(National Vocational Qualification)はその典型例である。
  このようにみてくると、「教育と訓練の融合化」が教育訓練政策の重要な方向であることが分かる。

求められる「教育と訓練と雇用の融合化」
 これまでみてきたように、欧米先進国の教育訓練で注目すべき点は、「訓練と雇用の融合化」「教育と訓練の融合化」である。昨年のことであるが、東アジア諸国の教育訓練政策に関する調査に参加する機会があった。それらの諸国は1990年代に金融危機を経験し、その後の復興のなかで教育訓練政策の改革を進めてきたが、その際に最も重視されたことは、大量に登場する若年失業者に雇用の機会を与えることと、国際競争に対応できる高度人材を育成・確保することである。
 具体的な政策については国によって多様であるが、共通して「教育と訓練と雇用の融合化」を進める教育訓練政策を模索していた。若年者の訓練ではドイツのデュアル・システムに似た制度を導入することによって、大学等ではインターンシップ制度を導入することによって、雇用の場で訓練し(「訓練と雇用の融合化」を図り)、高度化する「仕事に使える能力」を開発しようとしている。また、学校教育と職業教育の単位・資格の相互互換性を図るなどして、「教育と訓練の融合化」を図ろうとする政策も模索されている。長い歴史と豊富な経験をもつ欧州諸国に比べると、これらの動きは始まったばかりであるが、新しいチャレンジとして注目されるべきである。
 こうした海外の動きをみると、日本のことが心配になる。教育は学校、訓練は訓練校、雇用は企業という役割の分離が明確に形成されているからである。なかでも、企業のことが気になる。我が国の企業は社内と社外を分離して考える指向が強く、学校や訓練機関には「仕事に使える能力」を養成する機能は期待していないと公言してきた。そのため教育訓練機関の社会的な整備が遅れたこととともに、特に学校は、基礎的能力を養成することが役割であり、「仕事に使える能力」を養成するのは企業の仕事と割り切ってきた。
 我が国の企業が向き合う市場は、欧米諸国やアジア諸国が向き合う市場と同じであり、しかも、我が国は世界有数の高賃金国である。そのなかで我が国の企業が生き抜いていくには経営の高付加価値化を進めるしかなく、そのためには高度な人材を育成・確保することが不可欠なのである。そのときに問題になることは、これまでのように教育と訓練と雇用を分離したままで、必要とされる高度な人材を社会的に育成・確保できるかである。企業は「自分で欲しい人材は自分で養成するから」という人材育成の自前主義に固執していいのかである。
 前述した欧米諸国、アジア諸国の教育訓練政策の動きをみると、人材育成についても世界は大競争時代に入っていると感じざるをえない。そうなると、我が国も総力戦の体制で人材育成に取り組まねばならず、そのためには教育訓練政策を「教育と訓練と雇用の融合化」の方向で改革、強化することが必要になる。
 人材育成の主要な担い手である学校、訓練機関、企業はそれぞれ「教育と訓練と雇用の融合化」に向けて何をすべきであるのかを考える必要がある。たとえば教育と訓練の場では、雇用との融合化を図るためにインターンシップ等の仕組みを整備し、強力に推進する必要があるかもしれない。また、訓練生や生徒を受け入れる企業は、公的な人材育成活動に協力することが社会的責任であるとともに、産業界全体の人材力の底上げを実現するためには不可欠なことであるという意識をもつことが求められるかもしれない。また、政府は、まずは教育と訓練が相互に協力する体制を整備することが求められるが、それとともに、企業が生徒や訓練生を受け入れるためのインセンティブ政策を整備するなど、雇用の場で効果的な訓練が行われるための基盤作りを整備する必要があるだろう。
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